09
「あークソったれ。女相手に6人は卑怯でしょうが。あーあ、これ肋骨いっちゃってるよ、確実に二、三本骨いっちゃってるよこれ」


息をするだけでも胸あたりが痛い。ヒュウっと喉から空気が漏れた。足元に転がる死体に溜息を吐きながら刀を鞘へ収める。脇腹辺りを押さえながら携帯を取り出した。土方さんにパシられてる途中で浪士に囲まれるなんて……
コールが鳴り終わるよりも先に土方さんが電話に出た。出るの早すぎやしませんか?


『なんだよ、つかどこほっつき歩いてんだよ、俺の煙草はどうした?』


いつもと変わらない声になんだか笑えてしまった。状況を知らないのだから仕方がないけれど、部下はたった今敵に囲まれて負傷したところですよ。


「あの、出来たら迎えに来てもらいたいんですけど」
『はあ?目と鼻の先だろーが煙草屋』
「何言ってるんですか、歩いて20分は掛かりますよ。マヨリーンのストラップくれるおばちゃんのところまで来たんですからね」
『貰えたか?』
「貰えました貰えました。その帰りに襲われました」
『はあ?お前を強姦する奴がいたのか?』
「違います、浪士に囲まれました。相手は6人、全て返り討ちにはしたんですけど肋骨やられちゃってそれで、」


迎えに来てくれませんかね?と言おうとしたら電話の向こうでガタッと物音がした。あまりにもよく聞こえるくらい大きな音だったから驚いて口を閉ざしてしまった。


「土方さん?大丈夫ですか?」
『場所は。つか怪我はしてねェーのか?』
「あぁ、場所は煙草屋出てすぐの路地裏です。怪我は肋骨にヒビが入ったくらいで、あとはどうにか……」
『すぐ向かう。大通りに出てろ』


ブチッと切られた通話。返り血を浴びているのだ、大通りになんて出れるわけがない。血塗れの女がいたら普通の一般市民は驚いてしまうだろう。その場にしゃがみ込む。今までだって何度もこういうことには遭遇してきた。大抵相手は土方さんを殺りたいのだ。殺りたいけれどそこまでの度胸はないから、女の私を狙うのだ。土方さんはそれを「攘夷志士ホイホイ」といつも揶揄っていた。しかし6人に囲まれたのは初めてだった。段々相手さんも知恵をつけ、人数を増やす戦法で来たらしい。囲まれてしまうとやはり無傷では帰れない。


「表にいろっつったろーが」


痛いなぁとしゃがんでいた私の頭を引っ叩いた土方さんが、転がる死体を見ながら「派手に暴れてくれたなお前」と言う。負傷してる部下を引っ叩くなんて、もっと他にないだろうか。無事でよかったとか、心配したんだぞとか。そういう優しい言葉をかけて欲しい。


「あっちは私を殺しにかかってるんですよ。私だって殺す気でいかないと」
「だとしてもだ。お前と総悟の殺り方は派手すぎんだよ」


煙草をもみ消した土方さんが誰かに連絡をしている。きっと後処理を頼んでいるんだろう。路地の入り口にパトカーが見えた。兎に角病院へ連れて行って貰いたい。痛む体を無理矢理起こし立ち上がれば、土方さんが「ほら」と背を向けた。


「なんですか?」
「肋骨だけじゃねェーだろ。足も捻ったか?」
「足?」
「左足」


足元を確認すれば確かにひょこひょこと、左足だけ体重をかけずに歩いていた。肋骨が痛すぎて気づかなかった。
気づいた瞬間、足まで痛みが出てくる。痛い痛いと喚く私に土方さんが「だから早くしろよ。病院行くんだろ」と言う。背を向けて言う言葉ではないと思う。


「パトカーこっちまで持ってきてくださいよ、足痛い、歩けないですこれ」
「さっきまで普通に歩いてたじゃねェーか」
「あの時は肋骨のことしか考えてませんでした」
「都合よくできてんのな、お前の頭って」


部下がこんなに痛がっているのに非情な上司だと思う。パトカーまでの距離が遠く感じた。畜生め、こんなことなら大通りで殺り合えば良かった。あぁでもそんなことしたらそれこそ土方さんに殺されかねなかったかも。
仕方ない、左足に負担を掛けないよう細心の注意を払いながらパトカーまで行くか。そうして歩み始めれば土方さんに「はぁ?」と言われてしまった。


「なんですか。後処理なら他の人に頼んでたじゃないですか。私無理ですからね、もう全身負傷ですよ、すごく痛いです」
「違ェーよ。だから乗れって言ってんだろ?歩けるなら別に構わねえけど」
「乗れ?」
「パトカーまで負ぶってやるって」


……その為に二回も私に背を向けたの?だとしたらなんて分かりづらいんだろう。というか乗れなんて言われてなかったし。
歩かなくて済む、ラッキーと土方さんに負ぶってもらうことにした。「ったく。手のかかる餓鬼だな、本当」なんて言いながらも土方さんはパトカーまで私を負ぶってくれた。返り血塗れだった私だから、土方さんの隊服にもべっとり血が付いてしまっている。


「クリーニングに出さないとですね」
「明日出しに行ってこいよ」
「えぇ?普通大事をとって非番にしませんか?」
「するわけねェーだろ。肋骨の一本や二本」
「足も忘れないでください」
「捻挫だろ」


投げるようにパトカーへ押し込まれる。力一杯閉められたドア、そして運転席へ乗り込んだ土方さん。


「あんまり無茶すんじゃねェーよ。囲まれた時点で連絡しろ馬鹿」
「これでもやり易いようにわざわざ路地裏入ったんですよ」
「無関係な市民を巻き込まねェー為か?」
「まあそれもありますけど。広いところで四方を囲まれるより、狭い路地裏で一箇所から攻められた方が私はやり易いです」
「こんなところで野垂れ死んでたら気づいてやれねェーだろ」


なんだそれ。それじゃあまるで、私が殺られておっ死んだら土方さんが探してくれるみたいじゃないか。
なにか言い返してやりたいのに言葉が出てこない。最近の私は少しおかしい。土方さんの言葉へ妙に反応してしまう。


「見つけてくれなかったら一生憑き纏いますからね」


私の可愛くない返答に土方さんは「局中法度45条を復唱しやがれ」と睨みながら言った。そんなの一々覚えているわけがない。


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