07

カタン、と名前が書かれた札をひっくり返した。非番の日はこの札を赤文字側へとひっくり返すことになっている。ずらりと並んだ札の中で、赤文字で書かれた名前は目立った。
あっ、土方さんも非番だ……。赤い文字で木札に書かれた土方十四郎という名にふと目が止まる。土方さんと非番が被るなんて珍しいと思った。副長と副長補佐がまとめて休みなんて、本当に珍しい。私たちが非番だろうとなかろうと、書類は待ってはくれない。書類がひと段落したのか、それとも明日は地獄のように部屋へ缶詰状態かと不安になった。


「失礼します」


中からの返答を待ってから襖を開ければ、机に向かう背中が視界に入る。土方さんはいつも通り机に向かっていた。


「お前か」
「非番じゃないんですか?」
「午後までには終わらせる」


後ろから覗き込んだ机の上には書きかけの書類と出来上がったばかりであろう書類が並んでいた。今はまだ朝の6時。土方さんは一体何時から起きているのだろう。
ふと目に付いた灰皿からは、少し煙が立っていた。きっと今さっき消したばかりなのだろう。隣に敷かれている布団は綺麗に畳まれたままで、やっと気づいた。土方さんは昨日寝ていないのだ。


「眠くないですか?」
「眠いに決まってんだろーが」
「なんで寝ないんですか?」
「あと少しで終わりそうだから」


あと少しで終わりそうだから寝なかったというのだろうか。少し寝てからやればいいのに、と思った。思ったけど、どうして寝ずに終わらせようとしてるのかすぐに分かってしまった。


「あー……非番は非番でちゃんと休んだフリしとかないと近藤さんが心配しますもんね」
「だから午後はきちんと休むっつーの」


「お前も非番だろう」と少し顔を上げた土方さん。私は着物姿で頷いた。非番ですと答えれば「非番の日にわざわざ俺に何の用だ」と言われた。そういえば何の用があって来たんだっけ?


「うーん。土方さんは何してるのかなって様子を伺いに」
「はぁ?暇だな、お前は」


筆を動かす手を止めずに答えた土方さんの隣に腰を下せば少し怪訝そうにこちらを見てから「邪魔すんなよ」とだけ言われた。はーいと間延びした返事をすれば呆れたように溜息を吐かれてしまう。
しばらく書類と土方さんを眺めていたけれど、これといって面白いことは起きなかった。当たり前だけど、仕事をしてる人の隣にいてもちっとも楽しくない。私は何故、有難い非番であるというのに土方さんの隣でいつもと変わらず書類と土方さんを見ているのだろうと疑問に思った。私は何しに来たんだろう。
くわっと欠伸をした土方さん。だめだ身体が怠いと言う。そりゃそうだ、寝てないんだから。


「残りどれくらいですか?」
「5枚」
「じゃあざっと見積もって3時間ですかね」
「そのあと来月の活動予定表作るんだよ」
「あーじゃあお昼までかかりますね。お疲れ様です」
「お前が報告書5枚やったらあと3時間で終わるよな」


お疲れ様ですと立ち上がった私の腕をギリッと掴んだ土方さん。爪が少し腕に食い込んだ、痛い。


「……簡潔に言うと?」
「手伝え」
「非番ですよ」
「俺もだ」


掴まれた腕を思いっきり引っ張られ、尻もちをついた。まじでどうして私は副長室になんて顔を出したのだろう。どうして私は今筆を持っているのだろう。
土方さんの方を向けば溜息交じりに「昼飯は奢ってやる」と言ってくださった。


「ステーキで手を打ちましょう」
「なんでだよ。そんなわけねェーだろ。カツ丼土方スペシャルだ」
「嫌ですよあんなの」
「じゃあ親子丼土方スペシャル」
「土方スペシャルから離れてください」


予定もなかった私の非番に、上司とランチという予定が組み込まれた。大嫌いな鬼畜上司なのに、なぜかお昼が待ち遠しくなった。


「つかお前何しに来たわけ?手伝わせといてアレだけど」
「友達いない土方さんが非番の日何するのかなって気になっただけです」
「そんなことに非番を使うなんざ、お前も暇な奴だな」
「私も今猛烈に後悔してますよ。私の好奇心を」


結局この日、丸々一日、いつもと変わらず副長補佐として土方さんと行動を共にした。そしていつもと変わらず殴られた。


「テメェ、なにしてんだ馬鹿が!」
「なにって、釣り銭を募金箱に入れただけですよ」
「3000円の支払いに一万渡してやったろーが」
「だから釣り銭が出たので世のため人のため募金箱に」
「テメェの金だったら?」
「入れないですよ、樋口一葉なんて」
「俺の金だから?」
「入れたんですよ。土方さんは真選組の副長ですもんね、人のために生きてるようなもんですよね」
「まじでクソガキ。帰りに煙草買う予定だったのによ」


相変わらず仲が良いわけではないけれど、真選組に戻ってきてから土方さんは少しだけ私に優しくなった気がした。

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