06

厠から戻ってきた土方さんに「玉を狙ったわけじゃないんです」と説明すれば、目を見開き少しの沈黙後舌打ちをされてしまった。土方さんの望んでいた答えではなかったらしい。


「そんなことは当たり前だろーが」
「じゃあどうして怒ってるんですか。もう分からないです、お手上げですよ」


そう言って両手を上げ肩を竦めれば、より一層眉間に皺を寄せられてしまった。違うんです、ふざけてるわけじゃないんです。


「後ろに立たれちゃ、動き辛ェーて」


どうしてだ。何故動き辛いのだ。
もしかして、見える位置にいないと心配なの?そんなことある?あの土方さんが、私を心配するだなんてー……。
土方さんの方を見ながら耳に手を当て「ごめんなさい、聞き直していいですか?」と言えば土方さんは至って真面目な顔して「見えねェーと動き辛い」と言った。


「それは、私が見える位置にいないと敵にやられてしまうかもっていう心配からですか?」
「そりゃそうだろ」
「えっ」
「なんだよ」


分かり易く「えっ?」と顔を歪まめた私に、「あぁ?文句あんのか?」と私以上に顔を歪めた土方さん。文句はないのですが、土方さんが私のことを心配するだなんて少し気味が悪い。「そんなに私のこと大事にしてくれてたんですか?」と言えば溜息が返ってきた。


「勘違いするんじゃねェーよ。お前が勝手におっ死ぬ分には構わねェーんだよ。だけどな、敵に捕虜として捕まったりしてみろ。近藤さんは女、子どもにめっぽう弱い。見殺しにしろとは言わねェーだろ」
「成る程。とても納得しました」
「俺の前に居てくれりゃ、そんなことになる前に俺が始末してやれる」


なんだ、良かった。土方さんはいつもと変わらない。私の身を案じているのではない。近藤さんのことだけをひたすら考えているのだ。
良かった良かった。


「怒られた理由も分かったのでそろそろ食堂に行ってもいいですか」
「反省の色を見せたらな」
「そうですね、じゃあこうしましょう。今日の報告書は私がやります」
「元々そのつもりだ馬鹿が」


「まあいいや。飯食いに行くか」と立ち上がった土方さんに続き私も立ち上がろうとすれば、足が痺れて力が入らなかった。そのまま前のめりでへなへなとしゃがみ込んでしまった。


「何してんだよ。飯食うんじゃねェーの?」
「足が、足が痺れて」
「軟弱過ぎんだろ。己に甘いからそうなるんだよ」
「全く関係ないと思います」


長々と正座させた土方さんのせいだ。土方さんのせいに決まってる。私の精神が軟弱だとか貧弱だとかそういうことではない。自分は胡座をかいていたのだから分からないのだろう、正座はキツかったです。


「先に行っててください。痺れが取れたら私も行くんで」


お腹はもうすでにグゥーっと鳴いていた。しかし足に力が入らないのだから仕方あるまい。土方さんに手をシッシッと振れば、頭上から「おい」と声が落ちてきた。
無意識にシッシッなんて生意気なことをしてしまったが、流石に上司、しかも鬼の副長ともあろうお方にそんなことして良かったのだろうかと後悔した。
腹を立てていらっしゃるかも知れない。恐る恐る顔を上げれば土方さんが手を差し出していた。


「ほら。早くしろ」
「なんですかこの手は」
「立てねェーんだろ?手くらい貸してやるって言ってんだ」


差し出されている手を半信半疑で握った。もしかしたらそんなことを言いながら手首を逆に捻じ曲げられるかも知れないと不安になった。
しかし土方さんはそのまま引っ張り上げてくれた。そしてそのまま肩を貸してくださる。


「何か企んでます?」
「は?」
「私に優しくするなんて。怖いんですけど。あとなんか貸しを作るのも嫌です」
「お前本当可愛くねェーな。腹鳴らして恨めしそうに俺のこと見てくるから仕方なく手を貸してやっただけだ」
「対価はなんでしょうか」
「話聞いてた?お前、俺の話聞いてた?」


こないだからなんだか少しおかしい。土方さんの一挙一動に優しさを垣間見る。今まではそんなことなかったはずなのに。いや…そんなことあったのかも知れない。私が気づかなかっただけで、土方さんはずっとこうだったのかも。


「ありがとう…ございます」


ボソリと言ってみたものの、食堂からの賑やかな声にかき消されてしまった。「何か言ったか?」と私の方を見た土方さんと目が合う。肩を借りてるから仕方ないけれど、驚くほど顔が近くて慌てて目を伏した。


「あとアレだ。敵に殺られるくらい俺が終わらせてやりてェーだけだ」
「なんの話ですか?」
「お前を後ろに置きたくねェー理由」


なんてこった。そんなに私を殺したかったなんて知らなかった。「どれだけ私のこと嫌いなんですか」と聞いた私に土方さんは真面目な顔して「嫌いだったらこんなに気にかけてねェーだろ」と言った。
やっぱりなんだかおかしい。嫌いじゃないって、なんだそれ。ボロカスに殴って有無を言わせずいつも使いっ走りにするくせに。


「じゃあ好きですか?」
「普通」
「総悟くんとどっちが好きですか?」
「同じくらい憎らしいクソガキだと思ってる」


食堂に着けばそのままドンっと離されて尻餅をついてしまった。そんな私に「飯持ってこい。ご飯大盛りで」と座った土方さんが言う。
結局のところ、私が真選組が好きなのは土方さんの存在が少なからず影響していると思う。


「お待たせしました。ご飯大盛り、サービスで豚汁に七味入れときました!!」
「…豚汁真っ赤なんだけど」
「今日はサービスでそちらも大盛りです」
「誰がこんな真っ赤な豚汁喜ぶんだよ、食えるかっ」
「総悟くんと私からのありったけの愛ですかね」
「やっぱ嫌いだ、お前らクソガキなんざ」


「早く飯食っちゃえよ。報告書やるんだろ?」と言った土方さんは文句を言いつつもそのまま七味をこれでもかと振りかけた豚汁に口をつけてくださった。総悟くんにはとても甘いと思っていたけれど、土方さんが言うように私にも甘い方かも知れない。

<< >>