私と土方さんは付き合っていないものの、泊まることは毎週になっていた。何度か男女の関係を持てば段々と距離も縮まり、気を許せる間柄にくらいはなれた。


「苗字ー、今晩空いてやすかィ?」
「あー……えっと」


同期の沖田くんがペン回しをしながら聞いてきた。今日は金曜日で、別に約束してるわけじゃないけど土方さんの家に行くつもりだった。


「予定入ってやす?部署の奴らで飲み行こうってなってんだけどなァ……」
「そうなの?みんな来るの?」
「まあ、年が近ェーのは大体来ると思いやすぜ。近藤さんは来れねェらしいが」
「部長は忙しそうだもんね、キャバクラ通い」
「そーそーお妙さん。だから上司組だと土方辺りは来るらしいぜィ」
「え、土方さん?」
「おー。苗字も知ってんだろィ。つかアンタら結構話す方だろィ?」


チクリと胸が痛んだ。
一番最初に私は土方さんのことを考えたのに、土方さんの中で私はその程度なのだと再確認させられた。
私が勝手に想っているだけだと分かっていたけど……


「私も行こうかな」
「来なせェよ」


ニッと白い歯を見せた沖田くんが手元の名簿にマルをつけた。出席する人に印をつけているらしい。ちらりと覗き込めば、土方さんのところに既に印が付けられていた。土方さんは少しも私が泊まりに来るかも知れないと考えてなんてくれなかったんだろうな。


「どうかしやした?」
「え?」


沖田くんがキョトンとした顔をしていた。そして額をくっつけた。


「え、なっ、に?」
「熱はねェか。なーんか辛そうな顔してたんでねィ」


具合悪いのかと思っちまった、と笑う沖田くん。今起きたことが人生初の体験で、ただ体温を測っただけなのだと理解するまで少し時間がかかった。


「うっわ、茹でタコみてェ」


楽しそうに笑う沖田くんに、胸が高鳴る。同い年のはずなのに、私とは経験値が違うらしい。沖田くんは至っていつも通り涼しい顔をしていた。


「からかわないでよ」
「からかってねェよ」
「からかってる」
「からかってねェって」


苗字と会社以外で顔を合わせるのは初めてだねィ、と言った沖田くんに頷けば射るような視線を向けられてしまった。


「ん?」
「んーや?なんか楽しいことが起こりそうな気がしたんでィ」


そう?と返しつつも、にやりと笑ったその顔が先ほどとは違い、なにやら企むような笑みだと思った。



華金ということもあり、居酒屋はどこもかしこも賑わっていた。大学生や若い子たちがいるところは嫌だという土方さんに沖田さんが「じゃあどこか良いところ知ってるんですかィ」と返した。


「焼き鳥屋」
「はぁ?焼き鳥屋ですかィ?そこも混んでると思いやすぜ」
「あそこはいつも空いてんだよ。あんまり教えたくねぇがな」
「いつも空いてるんで?それって単にマズイってだけじゃねェんですかィ?」
「違えよ。おやっさんが一人で切り盛りしてるこじんまりしたところっつーだけだ」


な?と急に話を振られた。みんなの視線が一斉に私へと向けられる。
どうして、急に。会社ではプライベートの会話はしないって、言われたわけでも言ったわけでもないけれど……


「そ、うですかね……?」


沖田くんの後ろに隠れるようにして答えれば土方さんが舌打ちをした。疑問系で答えたのがまずかったのだろうか、俺のオススメした店が気に食わねえのか?って怒っているのかも知れない。でもこんなみんなの前で一緒に行ったことがバレたら困る。なにが困るって、土方さんは女社員から絶大なる支持を得ているのだ。トイレや休憩室で悪口を言われるに決まってる。


「苗字もその焼き鳥屋知ってるんで?」


首を回して少しだけこちらへ視線を動かした沖田くんに、ふるふると首を横に振った。多分初めて一緒に行った焼き鳥屋のことだと思う。それなら知っている。知っているけど、今は知らないのだ。知らない知らない、と言った私に沖田くんは満足気に笑った。


「知らねェそうですぜ、土方さん」
「てめえは相変わらずいい性格してんな、総悟」
「なんのことです?俺ァ苗字は知らねェらしいって言っただけですけどねィ」


不機嫌そうな土方さんと、楽しそうな沖田くん。周りの女社員になにも突っ込まれないように、山崎さんの後ろへと隠れた。

土方さんがついて来いと連れて来てくれたのはやはりあの焼き鳥屋だった。一人で来てるおじさんが二人カウンターに座っているだけで、お座敷の方は空いていた。
土方さんが満足そうに沖田くんに「な?空いてんだろ」と言えば沖田くんは華麗に無視をして暖簾をくぐった。


「じゃ、適当に座りやしょう。苗字はこっちに来なせェ、同期同士積もる話もありやしょう」


隣へ座るよう促され、私は沖田くんの隣へと腰を下ろした。ちらりと土方さんの方を見れば、新人ちゃんと仲良く話している。

私はもう用済みなのかも知れない。新しくいい人ができたのかも知れない。それがその新人ちゃんなのかも知れない。
ただ話してるだけなのに、自分の中で勝手に話が出来てしまう。
都合いい女かも、なんて分かってたはずなのに。捨てられた、と思うのは何故だろう。


「苗字は野郎が好きなんで?趣味悪ィ」


耳元で沖田くんが言った。
土方さんのことを見過ぎていたのかも知れない。違うよと否定すればいいのに、私はそれすらも言えなくなってしまった。
新人ちゃんが土方さんと連絡先を交換しているのを見て、言葉が出なかったのだ。


「あーあ。うかうかしてるから他のもの好きなんかに手を出されるんですぜ?」


嫌なことは呑んで忘れやしょう、と励ましてくれた沖田くんに力なく笑顔を返した。

もしかしたらと私はまだ期待をしていたらしい。頭で分かっているフリをしても心のどこかでセフレじゃないのかも知れないと思っていたらしい。

今日、断るべきだったと後悔した。
2時間飲み放題コースで、と注文をする沖田くんの言葉を聞いてこれから2時間も私はあの二人を見ていなければならないのかとやるせなく思った。


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