「名前、今日夜空けとけ」


初めて出会った日マヨネーズを受け入れたからか、土方さんは私も同種だと思っているらしい。あれから何度も食事に連れて行ってくれていた。そしていつの間にか名前で呼ばれるようになり、連絡先も交換して毎日連絡を取る仲へとトントン拍子で変わっていった。
土方さんは仕事も出来るしイケメンだし、食事に誘われて悪い気はしない。ただ私、そんなにマヨネーズが好きってわけじゃないんだけどなぁ。



土方さんに誘われていたのに仕事が長引いてしまいやっと帰れると時計を見れば、もう18時を過ぎていた。もちろん土方さんの姿は見当たらない。先に帰ったのか、と会社を後にし駅へと向かえばバックの中で携帯が鳴った。
画面には"土方さん"と表示されている。


「もしも、」
『いまどこだ』
「え?」
『なんで会社にいねえんだよお前は』


声がいつもよりも低く、どう聞いても怒っているから急いで回れ右をした。パンプスだなんてことはこの際忘れよう、これはスニーカーだと思い込み会社までの道を走る。いやでもだって、土方さんいなかったはずだ。

まさかこの年で街中を全力疾走するとは思わなかった。息が苦しくて、日頃の運動不足を実感した。会社前へ着いた頃、私は汗だくだった。


「勝手に帰ってんじゃねえよ、夜空けとけっつったろーが」
「いっ、あ、」
「あぁ?」


めちゃくちゃ睨まれてるけどちょっと待って欲しい。本当に息が切れて、言葉が出てこない。
そんな私を睨みつけていた土方さんは、そのまま駅の方へ歩き出した。それはいま私が走ってきた道である。


「ひじっか、たさん」
「なんだよ」
「どこ行くんですかっ」


やばい本当に苦しい。いやこれまじで。
腕を掴み、歩みを止めてもらえば振り向いた土方さんはいつも通りの涼しい顔で「俺ん家」と言った。


「俺ん、家?」
「あぁ」
「俺ん家っていうのは、土方さんのお家のことですか?」
「お前義務教育は終えてるよな?」


他に誰の家があんだよ、と言われてしまったけど私を引き戻したくせに怒って家に帰るのはどうかと思う。しかし、土方さんを怒らせるのは恐ろしい。
チキンな私は文句なんて言わず黙ってそのまま歩いた。駅に着いたらちゃんと謝ろう、そして私も帰ろう。

駅に着き土方さん、と少し前を歩く土方さんに声をかければ「どうした?」と足を止めてくれた。


「私、電車なんでここで……今日は誘って頂いたのにすみません」
「は?」
「いやあの、ご飯、誘って……」


あれ?土方さん"なんの話してんだこいつ"みたいな顔してるけど夜空けとけって言ったのは土方さんだし、さっきだって勝手に帰るなって怒っていたのも土方さんだ。

え?え?と目をパチクリさせれば、グッと手首を掴まれた。


「今日はお前が飯作るんだよ、牛丼」
「え?牛丼?」
「昨日テレビでやってたやつ。油の代わりにマヨネーズ使うんだと」
「え?」
「レシピはプリント済みだ」


腹減ったな、と私の腕を掴んだまま歩き出した土方さん。まさかその選択肢は想像していなかった。
こうしてこの日私は、初めて土方さんの住むマンションに入室することになった。

綺麗に整頓されている部屋は、私の狭い汚いアパートと違い輝いて見えた。同じ会社で働いてるのに給与が違うとこうも生活水準も違うらしい。


「材料はもう買ってあんから、レシピ見て適当に作ってくれ」
「……この通りに作ればいいんですよね?」
「下手にアレンジとかすんじゃねえぞ」
「その辺は大丈夫です」


頼んだ、とネクタイを緩めジャケットを脱ぐ姿から目が離せなかった。きっちりスーツを着こなしているところしか見たことがなかったから、そんな風にリラックスしているところは初めてお目にかかる。イケメンは何しても絵になるなぁ。

冷蔵庫を開けてマヨネーズの数に少し驚いたものの、今までの食事から重度のマヨラーだということは学習済みの私は突っ込むことなく料理へと取り掛かる。得意ではないけれど、油の代わりにマヨネーズを使うだけの牛丼は結構簡単だった。レシピもご丁寧にカラープリントで用意されていたし。


「土方さん、出来ました」


ご飯も炊いて盛り付けを終えてから声をかければ、キッチンへと取りに来てくれた。


「……美味そうだな」
「ぶっ」


あの土方さんが、頬を染めて牛丼を眺めている。あの土方さんが、と吹き出した私を不審そうに見ながらお前も食っていいぞと言ってくださった。自分で作っといてアレだけど、これは美味しいのだろうか。

お言葉に甘えて私の分も用意してみた。
向かい合わせに座って牛丼マヨネーズ入りを食べた。可もなく不可もなく、ってところだろうか。
目の前の土方さんはとても満足そうだったから私もなんだか嬉しくなった。

私と土方さんの関係は一体なんなのだろうか。


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