あれから坂田さんはしょっちゅう会社へやってくるようになった。その度土方さんは不機嫌になる。しかし部長の近藤さんは笑顔で迎え入れるのだからどうしようもできなかった。

そして今日も仕事終わりに、書類の確認だと坂田さんがやってきた。


「よー、苗字ちゃん。元気?」
「わっ!!さっ坂田さんっ!!」
「ん?」


私の頭を撫でながらどうしたぁ?と顔を覗き込まれる。坂田さんは悪い人ではないのだけど、女慣れをしてるというか、距離が近いしスキンシップが過激なのだ。急に頭を撫でられて驚いていれば、土方さんがパシッと坂田さんの手を取った。


「うちの社員にセクハラしてんじゃねぇーよ、クソ野郎」
「ちょっと頭撫でただけでしょーが。食ったやつに言われたくねぇーな、味覚障害者」
「なっ!?テメェっ」


ギロリと睨まれて私は首を振った。私じゃない、私が話したんじゃない。沖田くんだ、絶対沖田くんだ。
幸い、既にほとんどの人が帰っているから大事にはならないだろうけど……


「名前、支度しろ。帰るぞ」
「えっ?」
「早くしろ!胸糞悪ィーったらありゃしねぇ」


声色からして不機嫌なのがよく分かる。にやにやしている坂田さんが「名前で呼んでんの?」と土方さんに声をかけた。


「あ?」
「ただの社員にしちゃ、距離が近いようで」
「……総悟から聞いてんだろ」
「聞いてるからこそ分かんねえんだけど?」
「は?」
「独占欲丸出しにしちゃって、そんなのもう答えなんか出てんじゃねぇーか。なにをそんなにウジウジしてんだ?ヘタレだからか?」
「……帰るぞ」


私の腕を掴む土方さんの力が強くなった。そしてそのまま引っ張られる。


「そんなんだと本気で手出しちゃおっかな」


坂田さんが声を弾ませた。沖田くんが楽しそうに笑っている。
土方さんは下らねえと一言残してそのまま会社を出て行った。もちろん私の腕は掴まれているから、私もあとに続く。

掴まれている手が痛くなるくらい、土方さんはグッと握っていた。そして駅についても振り返ってくれず、そのまま土方さんの家へのついてきてしまった。


「あの、土方さん……」


玄関がガチャっと閉まり、手を離された。しかし土方さんが靴を脱ぐ素振りを見せない。玄関に二人、ただ立っていた。


「お前は、」


どうしたらいいのか分からず俯いていれば、急に話しかけられビクッと体が跳ねた。はい?っと返事をしたつもりだったけれど声が裏返りドッドッドッと鼓動が速まった。


「俺のなんだよ」
「へ?」
「なんで、分からねえんだよ」


俺のなんだ、ってどういう……
土方さんの背中に手を伸ばしかけて、そのまま触れる事なく腕を下ろした。なんて答えればいいか分からない。質問の意図も分からない。
言葉を返す事も出来ず黙り込んでいれば、土方さんがこちらを向いた。


「俺は、どうでもいい女を家には入れねえ」


察しろよ、と言った土方さんの顔は嘘をついてるようには見えなかった。


「えっ、と……」
「何度も家に呼んだり、一緒に飯を食ったりしねえ」


土方さんの言ってる事が、私の涙腺を崩壊させる。目頭が熱くなった。
それって、それってー……


「なのにお前は、いつになったら俺のもんになるんだよ」


いつまで待たせんだ、と言われてもう涙が流れた。そんなの初めて聞いた。そんなこと今まで一言も言わなかったくせに。


「だっ、て。そんなのっ」


言ってくれなかったじゃないですか、と言えば言えるか馬鹿と返された。
なんだなんだなんだ。じゃあなに、私が気づかなかったから悪いというのだろうか。私はずっと悩んでいたのに。


「最初に順序間違えちまってんのに俺から言えるわけねぇーだろ、察しろよ!」
「そんなっ、無茶苦茶な」
「なのにお前は総悟と楽しそうにしてるし、なんか俺とは楽しそうじゃねえし」
「ちがっ!!それはっ」
「会社じゃ目すら合わさねえし」
「だって、大人の関係だからっ」
「は?」


なんだそれ、と言われてしまった。
「俺が体目的みてぇーじゃねえか」と睨まれて違ったのかと驚いた。


「つか天パにまで気に入られてんじゃねぇーよ」
「えっ?!天パ?!」


あークソ、と言われてこれはヤキモチなのでは?と思った。


「土方さん、私のこと好きなんですか?」
「はぁ?!」


聞いといてアレだけど、恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしい。やっぱなんでもないです忘れてください、と言えば上から頭を抑えられた。


「えっ、痛いんですけど……」
「こっち見んなっ」
「いや、あのっ、見んなっていうか、見れないっていうか……」


ググッと押さえつけられて顔なんて見れるわけがない。見えるのはお互いの足である。
これは一体……とお辞儀の形でいれば土方さんがポツリと「好きだと思う」と言った。
驚いて勢いよく顔を上げれば「こっち見んなっつってんだろ!!」と怒鳴られてしまった。


「いやっ、え?え?」
「お前が聞いたんだろーが」
「聞きましたけどっ、えぇ?」
「うるせぇーよ!!」


あークソッ、とボヤいた土方さん。
心臓がはち切れんばかりに脈を打った。もうやだなにこれ痛い苦しい、でも辛くない。


「で、お前はどうなんだよ」


顔を赤らめながら目を逸らした土方さんに抱きついて私も好きですと言えば「遅ぇーんだよ」と言いながら抱きしめ返してくれた。

何度も悩んで何度も泣いた気がするけれど、諦めなくて良かった。好きでいてよかった。
鼻水つけんな、と言った土方さんを昨日よりももっともっと好きだと思った。

end

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