直属の上司である土方さんのご命令の元、午後から出勤になってしまった。
なんでも残っている有休消化の為らしい。しかしまた急に……とボヤいた。既に会社最寄りの駅に着いているのだ。こんなに急に午後から出勤してくれ、なんてうちの会社は少し変わっている。

一旦家に帰ろうかと、出たばかりの改札をもう一度潜ろうとすれば出勤途中の沖田くんとバッチリ目が合ってしまった。


「げっ」
「なーにしてるんで?サボりかィ?仮病かィ?」


イヤホンを外しながらキョトンとした顔でこちらに向かって歩いてくる。
違う上司命令、と言えばはぁ?と顔を歪まされてしまった。


「有休消化って、そんなのあったんで?」
「私も初めて言われたんだけど……」
「俺も有休消化させてもらいてェーもんでさァ」
「沖田くんは結構使ってるじゃん」
「でもまだ残ってるはずでィ」


俺も有休消化の為に午後出勤にしやす、と当たり前のように言って会社へと電話を掛け出した沖田くんは、私の腕をガッチリ掴んでいた。
そして電話口でなにやら「苗字だけずりィ」と文句を言っている。
電話を終えた沖田くんがニヤニヤとしながら「会社に行こうぜィ」と私の腕を掴んだままズンズンと歩いて行くから驚いた。いやだって私午後から出勤らしいんだけど?


「待って、待ってってば。午後から出勤なんだって!」
「なんでだか理由知りたくねェーんで?」
「有休消化、でしょ?」
「建前は、な」


待って、という私の制止は意味を成さないらしい。引っ張られながら会社へと来てしまった。おはようございやーす、と声を弾ませる沖田くんに続き仕方なくおはようございますと社内へ入った。
土方さんが眉間のシワを深くしながらこちらへ近づいてくる。その顔はどう見ても怒っていて、私は眉を下げて笑うしかできなかった。


「てめえ……午後から出勤でいいって言ったろーが」
「はっはい、そう聞いていました」
「なんで朝から出勤してんだよ」
「これには事情があるといいますか……」
「まあまあ土方さん。旦那も来てるみてェーで」


にやにやしたまま沖田くんはキョロキョロと辺りを見渡した。土方さんが盛大な舌打ちをしてくださり、掴まれていた私の手をもぎ取るかの如く引っ張った。ちょっと待って、私の扱いがおかしい、腕が取れそうだ。


「はぁー……いいか、銀髪の男とは無駄に絡むな。妊娠させられるぞお前」
「は、え?」
「分かったか?銀髪の男にはっ」


銀髪の知り合いなんていないけど、と思っていれば土方さんの言葉を割り込んで揺れる銀髪男が「俺のこと?」と土方さんの肩を叩いた。


「へぇー、この子が苗字ちゃん?」


俺坂田銀時ね、よろしく!と笑ったその人は何故か私の名前を知っていた。はぁ、とため息混じりに答えれば手を差し出された。握手を受け入れようと私も手を出せばパシッと弾かれた。もちろん坂田さんによってではない。土方さんによってだ。


「用が済んだならさっさと帰れ」
「それは俺の自由でしょ?取引先にそんな態度しちゃっていいんですかー、おたくの部長さんは結構俺に優しいんだけど?こっちには新八がいるからね」


そこんところ分かってる?と笑う坂田さんに、土方さんがこめかみを引くつかせた。仲が悪いらしい、二人とも何見てんだコラと喧嘩腰だ。


「沖田くん、坂田さんって一体……」
「ウチと持ちつ持たれつの関係の××会社の人でィ」


××会社と言ったらよく名前を聞いている。あまり大きくはないが、なんでもウチと肩を並べるくらい業績がいいとかなんとか……


「そこの人がどうしてここに?」
「さあ?アンタを見てみたかったんじゃねェーんですかィ?」
「私?」
「野郎とのことをペラっと喋っちまったんでねィ」


あの二人は昔からよくぶつかるんでさァと言う沖田くんに私は「はぁ?!」と言ってしまった。野郎とのことをペラっと喋っちまったって……それって……


「大丈夫ですぜ。旦那、口は堅ェーんで」
「全然大丈夫じゃないよ……」


未だに睨み合う二人を見ながら、私はどうして沖田くんに話してしまったんだと後悔した。
すると坂田さんが私に「午後から出勤なら飯でもどうよ?」と声をかけてくれた。


「ふざけんな。もう出勤させるに決まってんだろーが」
「はぁ?さっき多串くんが言ったんだよねー?午後から出勤って」
「事情が変わったんだよ。つかいい加減覚えろ、土方だ」
「やだやだ。ころころ意見変える上司なんて苗字ちゃんもかわいそうだ」


にやにやしながら土方さんをおちょくる坂田さん。お腹が痛い。ぽろっとこんな場所で坂田さんが私と土方さんのことを言ってしまわないかハラハラする。


「あ、の……私出勤します。もう会社にいるし……」
「ほらな。つーことで帰れ」


ちぇっ、と口を尖らせた坂田さんが沖田くんと肩を組んで出て行ってしまった。あれ?沖田くんはどこへ行くの?
二人の行方を気にしていれば土方さんに頭をガシガシと撫でられた。撫でられたというか、結構力強いんだけど……


「悪かったな。巻き込んじまって」
「え?巻き込む?」
「あの野郎、お前に絡みたかったんだよ」


そうなんですか?といえば「あいつには今後一切関わるな」と言われてしまった。関わるなって、そもそも名前しか知らないし。
分かりましたと返事をしてディスクへ荷物を降ろした。
もう始業時刻は過ぎている。急いでパソコンを立ち上げた。

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