帰り支度をしていれば、沖田くんがニヤニヤとしながら"今日近藤さんとキャバクラに行くらしいぜィ"と教えてくれた。誰がと聞かなくても分かる、私たちの会話に出てくるのは土方さんくらいだ。

そっか、と返せばつまらなそうな顔で「いいんで?」と聞かれた。いいも悪いも、私にとやかく言う権利なんてない。


「沖田くんはどうしてそんなに構うの?」


私のことも土方さんのことも。
そう聞けば「楽しいだろィ」と返されてしまい、頭が痛くなった。楽しいのは沖田くんだけである。


「土方さんがキャバクラに行こうが関係ないよ」
「へえ、随分物分りがいいことで」


お疲れ様でした、と沖田くんに頭を下げて帰路に着いた。好きな人がキャバクラに行くと聞いていい気はしない。しないけれど、行かないで欲しいと言える関係でもない。

もやもやとしたまま、一人夕食を取った。あまり家では呑まないけれど、余計なことを考えたくなくて冷蔵庫にあったチューハイを流し込む。早く寝てしまいたいのに、こういう時に限って目が冴えてしまい全然眠くならなかった。

何度も携帯に土方さんの番号を表示させては戻し、また表示させては戻しと繰り返していれば23時を回った頃、携帯が震えた。
浮かぶ名前に顔がほころぶ。


「はい……」


冷静を装い声を落ち着かせれば、電話の向こうで"会えるか?"と聞こえて携帯を落としそうになってしまった。今まで何度も電話をしているけれど、会えるか?なんて聞かれたのは初めてだ。


「え……っと。もうお風呂に入っちゃって……」
『そんなの見慣れてる』
「いや、あの……」


会えるなら会いたい。会いたいけれど、この顔で電車に乗るのは気が引ける。
時間は少しかかってしまうけど、軽く化粧をしてから行こうとすれば『住所教えろ』と言われてしまった。
私のこの狭く汚いアパートに土方さんをお招きするなんて、そんなの……


『うだうだうるせぇーよ。俺が会いてぇーって言ってんだろ』


そんな風に言われてしまったら、断ることなんてできなかった。
狭くて汚いんですけど、と断りを入れてから住所を伝えた。タクシーで来るらしい。
慌ててチューハイのゴミやら脱ぎ散らかしてる服やらを片付けた。それでもまだ綺麗とは言えないけれど、どうにかそれなりに繕うことは出来たと思う。

しばらくしてインターホンが鳴った。土方さんだ、と慌ててカーディガンを羽織り玄関へと向かった。


「お疲れ様でし、んんっ」

開けた瞬間噛み付くようなキスをされた。最後までお疲れ様でしたが言えないまま、唇を塞がれる。角度を変えて何度も、食べるように唇を貪られた。

酔っているのだろうか。お酒のニオイがぷんぷんとする。そのニオイだけでこちらも酔いそうだ。


「飲んでんのか?」


口を離されれば、上りきった息を整える私を土方さんは完璧にすわりきった目で見てきた。随分悪い酔いをしているらしい。こんなに酔ってる土方さんを見るのは初めてだ。


「少しだけ呑みました」
「また総悟か」
「えっ、沖田くん?」
「えらく仲が良いみてぇーだな」


グッと抱き寄せられた。キスをされた時点でもう私の思考回路はショート寸前なのに、力強く抱きしめられなんてしたら完全にショートしてしまった。


「あのっ、えっ……」


抱きしめ返すことも出来ず両手が宙へ浮かぶ。
今日の土方さんは土方さんじゃないみたいだ。何かあったのだろうか?いつだってよく分からないと思っていたけど、こんなによく分からないのは初めてだと思った。

土方さん?と小さく呼べば、回されていた腕に力を込められる。ちょっと痛い。
あのっ、ともう一度呼ぼうとすれば土方さんは私の髪に顔を埋めたまま小さく「俺が最初に手をつけたんだ」と言った。


「え……」
「だからお前は俺だけ見てろよ」
「っつー……」


余計によく分からなくなってしまった。よく分からないけれど嬉しい。とんでもなく嬉しい。
嬉しすぎて言葉が何も出てこなくて、そのまま無言で土方さんの背中へ腕を回した。

酔っ払いの戯言でもいい。土方さんが望むなら、私はこれからも貴方だけを見ていける。
言葉にできないけれど、どうか伝わればいい。漏れた嗚咽とともに土方さんの肩へと染みを落としていた。

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