明日は平日で、仕事は変わらずあるというのに泊まっていけと言われた。抱かれるわけでもなく、ただ一緒に寝るだけなのは初めてのことで恥ずかしくなった。

アラームの音で目を覚ませば、枕を使って寝ていたはずなのに頭の下に土方さんの腕があって驚いた。重くなかっただろうか、痺れてはいないだろうかとゆっくり頭を上げれば起こしてしまった。


「あ、えっと、おはようございます」
「……はよ」


今何時だ?と聞かれ時刻を答えれば「あーだりー」と土方さんがベッドから降りて行った。土方さんでも仕事を怠いと思うらしい。そんなこと一度も聞いたことがなかったから少し驚いた。
完璧人間だと思っていた、仕事に不満など持たないのだと思っていた。
彼も私となんら変わらない、仕事を面倒くさいと思うタイプらしい。

キッチンでガチャガチャとコーヒーを淹れている土方さんを見て、手伝いますと言えばすっぱり断られてしまった。


「コーヒーはいつも俺だろ」
「でも……」
「あー、もう、うるせえ。さっさと支度してこい」


気を遣ったら怒られた。すみません、と慌てて謝って洗面所へと逃げ込んだ。怒らせたかったわけじゃない。鏡を見れば目が腫れていた。

昨日呼び出された理由も分からないまま、私たちは会社へと向かった。



パソコンと睨めっこしていれば、沖田くんが営業から戻ってきたらしく「目がいつもと違ェー」と顔を覗き込んできた。


「化粧の仕方変えやした?」
「あーうん、そんなとこかな?」
「ふぅん。泣いて腫れたからアイシャドウを変えた、と」
「……なんでそんな詳しいの?」
「あり?当たってやした?適当に言ったんだけどねィ」


ニッと笑った沖田くんに私も笑顔を返した。沖田くんは掴みどころがないというか、なんだか不思議な人だ。他人に興味なさそうでいつも単独行動をしているのに、誰よりも周りを見ている気がする。


「そう言えば、昨日野郎にアンタと呑んだって写真送ったんでさァ」
「はっ、えっ?」
「ほれ、これでィ」


携帯を差し出され覗き込めば、いつ撮ったのか私がビールジョッキ片手に笑っている写真だった。こんなもの土方さんに送るなんて、何がしたいのだろう。


「……土方さんだって有難迷惑だと思うよ?」
「違いねェや」


ニタァと笑った沖田くんに溜息が出そうになった。応援はしないと言っていたけど邪魔するとも聞いてないんだけどなぁと思いつつ、昨日の"総悟から聞いた"を思い出して何を言ったのか聞けばニヤニヤしながら楽しそうに声を弾ませ話してくれた。


「ヤるだけの関係は辛いってちゃーんと伝えときやしたぜ?なんなら俺にしとけって言いやしたって」
「はぁ?!ちょっと待ってよッ」
「まぁー野郎と穴兄弟は御免なんでねィ、ジョークですぜジョーク」
「何その笑えないやつ!!だからか!」


だから昨日、なにもなかったのか。だから昨日、言いたいことがあるなら俺に言えよって言われたのか。
もうこれから土方さんの家に行けなくなってしまうのかと思えば、胸がズキンズキンと痛んだ。

沖田くんに言いたいことはたくさん浮かんだけど「感謝してもらいてェーくらいでさァ。メンヘラ予備軍を救ってやろーって気を遣ってやってんだからなァ」と言われてしまい言葉を飲み込んだ。


「ンなに怖ェー顔しないでくだせェーよ。大丈夫でィ。これで野郎も少しはあのへたれた思考を変えるってもんでさァ」
「どこら辺が大丈夫なの、もう。沖田くんに話したのが間違いだったよ」
「馬鹿言っちゃいけねェーや。俺だからこそ上手いことやってやってんだろィ?」


アンタはなんもわかっちゃいねェな、とアイマスクを取り出して思いっきり仮眠を取ろうとしている沖田くんに苦笑いしか返せなかった。
一体沖田くんはなにを考えているんだろう。

パソコンに浮かぶ文字を見ていても、土方さんのことしか考えられなくなりそうで少し休憩を挟もうと席を立った。この職場のいいところは、各自一服休憩を勝手に挟めるところだと思う。煙草は吸わないがお茶でも淹れるかと給湯室へ向かう。


「よう」
「あ……土方さん」


最後に使った人がポットのお湯を足し忘れていたようで、沸くまで待っていれば土方さんが給湯室にやってきた。俺コーヒー、と言われ急いで準備をした。家では私に淹れさせたがらないけど、職場では一応上司と部下だ。私に淹れせてくれるらしい。


「お前は……」
「はい?」
「いや、なんでもねえよ」


何か言いたそうにしていたのに、歯切れ悪そうに口を閉じてしまった土方さんに何故かすみません、と呟いてしまった。先ほどの沖田くんのこともあり、なんだか申し訳なくなる。

ピーピーとお湯が沸いた音がして、先にコーヒーを淹れようとポットに手をかければ後ろからふわりと手を添えられた。押すだけの作業なのに、土方さんが私の手の上からボタンを押す。それは思っているよりも密着していて、心臓が暴れ出した。


「えっ、と……あの……」
「やっぱ都合悪いわ、お前」


男を振り回す趣味でもあんのか?と耳元で低い声が落とされた。そこから熱が全身へと広がる。
ドキドキと煩いくらいに跳ねる心臓に、我慢出来なくなってポットから手を離しそうになれば上から押さえるように掴まれた。


「逃げんな」


グッと掴まれた手が、身体が熱い。

マグカップに程よくお湯が注がれ、コーヒーが出来上がればスッと土方さんが離れた。


「ありがとな」


コーヒー片手にそう残して給湯室を出て行く。
一人残された私は、胸が苦しくて痛くて、なのに幸福感のような温かくなる気持ちで……
顔を隠すようにその場にしゃがみこんだ。

あぁ、もう。
あの人は一体私をどうしたいのだろう。
逃げんなって、そんなの……


「卑怯だ」


ぽつりと呟いた言葉は誰に届くわけもなく、空気に溶け込んだ。


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