インターホンを押せば勢いよく玄関を開けられた。まさかドアが開くなんて思っていなかったから目の前に立ちすぎて顔面を強打してしまった。もっとこう、インターホンからどちら様?とかそういう流れを想像していたのだ。


「っつ〜……」


滅多に顔面でものを受け止めることなんてないから、痛さで目に涙が浮かんだ。ちょっとまじで痛い、これは痛い。鼻を抑えながらしゃがみこんでしまった。


「あ、悪ィ……」
「いえ、私の不注意ですから……」


立てるか?と差し伸べられた手を取った。立てるけど、これ絶対赤くなってるよなぁ。真っ赤なお鼻のトナカイみたくなっちゃってるよなぁ。

手を引かれ部屋へと通される。そこは煙草の煙が充満していて、目が痛くなるほどだった。ただでさえ涙目の私は、ポロッと涙を流してしまった。


「そんなに痛かったか?」
「いやこれは……」


煙草のせいと言いそうになった口を慌てて閉じる。土方さんがヘビースモーカーなんてことはもうかなり前から分かってることじゃないか。何を今更……


「あぁ、そうか煙いのか」


そう言って換気をしてくれた。言葉にしていないけれど、気を遣わせてしまったことに申し訳なくなった。嫌われたくなくて、この人の顔色を伺うようになったのはつい最近のことのように思う。

しかしいつもならこんなに煙く感じないはずなのに、どうして今日はこんなに気になるのだろう、と灰皿を見れば吸い殻が山のように積まれていた。


「なにかあったんですか?」
「は?」
「灰皿が……」


あーちょっと考え事してた、そう言って灰皿を片付ける土方さんを見ながら土方さんでも考え事をするのかと不思議に思った。
考え事をしなそうに見えるとか考え事が無さそうだとかそういうのじゃなく、自分の道を疑わないような人だと思っていたから考え事や悩み事とは無縁なのかと思っていたのだ。

座るよう促され椅子に腰を下ろした。向かいには土方さんも座っている。テレビがついてないからか、静かな部屋で時計の秒針がやけに大きな音のように感じた。


「悪かった」
「へ?」


急にそっぽを向いたまま土方さんが謝ってきた。何に対してなのか分からず、間抜けな声を出せばこちらを睨みつけるように見られてしまった。


「だから悪かったっつってんだよ」


あ、はい。だなんて自分でも失礼な返しだと思った。でも一体何に対しての"悪かった"なのだろう。さっき鼻を強打したこと?だとしたらもう先ほど謝られている。ならば煙草の煙だろうか。そんなの今に始まったことじゃない。

またしても沈黙が流れる。気まずく重たい空気だ。こういうの、あまり得意じゃない。不穏な空気が得意な人なんていないとは思うけど。


「総悟に言われた」


ぽつりと拗ねたように言った土方さんは、私より年上なのに親に叱られた子どものように見えてしまった。


「沖田くん、ですか?」
「お前が余計なこと言うから」
「あっ……」


そういえば今日沖田くんにいろいろ話してしまった。でも土方さんを悪く言ったわけじゃない。ただ好きだけどきっと彼女にはなれない、それでもいいから今の関係を終わらせたくないと言っただけだ。そんな私に沖田くんはメンヘラの素質があるんじゃないかと笑っていた。


「お前は都合のいい女じゃねえよ。どちらかと言うと都合の悪い女だ」


それは一体どういった女なのだろうか。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、いまいちよくわからない。


「言いたいことがあんなら、総悟じゃなく俺に言えばいいだろーが」
「言いたいこと……」
「総悟とは楽しそうに飲むくせに、俺の前じゃおどおどしやがる。それもムカつくしよ」
「え、それは」


鼓動が早くなる。指先が冷えるのを感じた。
土方さんは、よく分からない。期待させることをしたり、現実を見させたり。ここで自惚れたらこないだの二の舞になると分かっているのに、期待してしまう。


「なんで分からねえんだよ」


"お前見てるとどうしたらいいかわからなくなる"
そう言ってこちらを見た土方さんは、ふざけている様子ではない。気に食わない、と真っ直ぐこちらに向けられた瞳からヒシヒシと伝わってきた。


「私だって……」


こんなことは初めてだ。
いつから意識していたのか、どこに惹かれたのか上手く言葉に出来なくて、なのに日に日に想いだけは募っていく。側にいることは出来るのにこの関係にぴったり合う言葉は見つけられない。

セフレなんて、どちらかに気持ちがあったら成り立たないのだと思う。快楽だけを求めるなんて私には出来そうもない。土方さんの気持ちが欲しい、言葉が欲しいと願ってしまう。


「私だって、分からないんです」


この関係を終わらせることも続けることも私にとっては地獄と変わらないのだ。会えなくなるのも触れられなくなるのも辛い。かと言って、土方さんの言動に一々期待したり失望したりするのも辛くなる。

私は子どものままなのだ。
私にとって沖田くんが楽でいいと言っていた大人の関係は、苦でしかなかった。

俯いていれば頬を生暖かい涙が転がり落ちた。あぁ、泣くなんて……なんてめんどくさい女なのだろう。土方さんはそんな女、望んでいないのに。

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