月曜日、出勤した私を待っていたのはにこにこと笑う沖田くんだった。パソコンを起動した私をとても楽しそうに見ながら笑っている。


「どうしたの?」
「こっちの台詞でさァ。どうでした?付き合うことにでもなりやした?」


野郎は嫉妬深い男なんでねィ、俺の作戦は上手くいっただろィ?と言う沖田くんになんて言葉を返すべきなのだろうか。無視して取引先や社内連絡などのメールを読んでいれば、沖田くんが「あり?その感じはあっちか」と言ってきた。無視すれば良かったのに、あっちがどっちなのか気になってしまい顔を上げてしまった。


「あっちって?」
「俺の話は無視したくせにテメェの話だけ聞いてもらえると思ってるんで?」
「ごめんね、無視したわけじゃないの」
「じゃあなんですかィ、この距離で聞こえなかったとでも?耳クソ溜まりすぎでさァ」
「違う、ごめんね。お昼食堂でなんか奢るから機嫌直してよ、ね?」
「ったく。デザートと飲み物も付けなせェーよ」


もう次から沖田くんを無視するのはやめようと心に誓い、もう一度あっちってどっち?と聞けば沖田くんは小さめの声で「セフレですかィ?」と言った。まさかのジャストミート過ぎてガタンッと大きな音を立ててしまった。


「あー、こりゃ当たりだねィ」
「ちょっ、な、違ッ」
「慌てすぎて肯定としか思えねェーけど?」
「だって、どうして、」
「野郎のしそうなことならよく分かりやさァ」


そう言った沖田くんがアンタはそれで納得するんで?と続けた。納得もなにも、仕方ないじゃないか。沖田くんは今回のことでセフレになったと思っているんだろうけど、私がセフレになってからもう一ヶ月以上経ってるのだ。


「そんなに器用な男じゃねェーよ、安心しなせェ」


ケラケラと笑いながら私の背中をバシバシ叩く沖田くん。どこら辺に安心すればいいのか、なにを安心すればいいのか。


「とりあえず……痛い」
「あ、悪ィ悪ィー」


全くもって悪いなんて思ってないんだろうな、沖田くん楽しそうだし。にやにやとしながら沖田くんが私の方を見て「なーんか本当、面白くなってきたなァ」と漏らしていた。



家に帰宅し小さなソファーに体を預ける。今日は仕事後沖田くんに誘われ居酒屋に行ったり、そこで根掘り葉掘り土方さんのことを聞かれたり散々だった。兎に角疲れた、これに尽きる。
バックから携帯を取り出し充電をしておこうとすれば、チカチカと不在着信があったことを知らせるライトが点滅していた。

慌てて確認すれば相手は土方さんで、胸がドキリと跳ねた。かけ直すべきなのだろうか、もうすでに着信があってから2時間が経っている。しかも何日か前に男と呑むなんざ……と注意されたばかりだ。土方さんが思うようなことは何一つなかったし、あるわけもないけれどきっとあの人の中で私は尻軽女に違いない。何を言ったところで信じてもらえないだろう。

携帯をそのままテーブルに置いて、シャワーを浴びようと立ち上がった時、着信を知らせるライトが点滅した。ディスプレイに浮かぶ名前は土方さん。胸がバクバクと慌ただしく仕事を始める。震える手で取れば、低く不機嫌そうな声がした。


『今家か?』
「あ、はっはい」
『うちまでどれくらいで来れる?』
「土方さんの家、ですか?」


今日は月曜日だ。金曜日以外行くこともなかった土方さんの家に来いとは、どういった風の吹き回しだろう。時計を確認して、急いで出たとして上手く電車に乗れば30分くらいで着きそうだと思った。


「30分あればどうにか……」
『そうか。早くしろよ』


ブチッと切られた電話。どうしたのだろう、と思いつつも急いでバックに手を引っ掛ける。そして先ほど脱いだばかりのパンプスに足を突っ込んだ。

尻軽女だろうと、ただのセフレだろうと、土方さんに呼ばれれば嬉しくて。
報われないと分かっていても、私はあの人の元へと行ってしまうのだ。それが間違った選択だということもきちんと分かっているのに。

電車に揺られながら思う。
彼女になりたいのなら、こんな風に呼び出されてホイホイ行ってる場合ではない。もっと駆け引きをして、土方さんの中でゆっくり成長していかなければならない。
しかし、そんな駆け引きすらできないほどに私は土方さんが好きだ。

まだ抜けないお酒の熱さを感じながら、このままではダメなのだと思った。しかし今更どうしたらいいのだろう。
もう私の立ち位置は、都合のいいセフレだ。今更お硬く身構えたところで、果たして意味はあるのだろうか。

考えても分からなくて、もう後戻りはできないのだろうと思った。
土方さんの最寄駅で降り、マンションへと向かう。幾度となく通った道に、胸が痛んだ。

終わらせる勇気は、土方さんとこうしてプライベートで会えなくなるのだろうと思えばすぐに消えてしまう。私はとても弱くてずるい。

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