沖田くんと飲んでいた居酒屋に、土方さんはやって来てくれた。私の分のお金を払ってくれ、帰るぞと腕を掴まれ引きずられるように店を出た。その時沖田くんは、心底嬉しそうに笑って手を振っていた。

腕を掴まれたまま、土方さんの家へとやってきた。これはヤキモチでも妬いてくれたのかな?なんて私の思考は都合よく働くらしい。能天気にそんなことを思っていた私を土方さんが睨んだ。


「……そんなんだとお前、いつか痛い目見ることになるぞ」
「え?」


パッと離された腕。目の前には眉間にしわを寄せ私を睨みつける土方さん。その目が私の緩い思考を冷めさせた。これはヤキモチなんかじゃない、嫌悪感を抱いている表情だ。


「男と二人っきりで呑むなんざ、お持ち帰りでもされたかったか?今の若い奴は女も肉食系らしいな」
「!ちがっ、そんなんじゃないです」
「どうだか」


"現にお前、俺とも酔って何回もヤってるもんな"
指先から一気に熱が引いていくのが分かった。あぁ、そう、そっか。土方さんがヤキモチなんて妬くわけない、だって私と土方さんはそういうのじゃない。
ただのセフレだ。

軽い女だと思われているかも知れないと思っていたけど、本当に思われていたらしい。しかも今回は軽蔑までされている。


「総悟と穴兄弟は御免だ」


そう言ってキスをした土方さんは、私が傷ついてるなんてこれっぽっちも思っていないだろう。軽い女じゃないのに、好きな人以外としたことなんてないのに。
否定したところで信じてもらえない気がした。それは今までされたものとは比べものにならないくらい荒々しいキスだった。

ヤキモチなんかじゃなくて、長い付き合いだという沖田くんと穴兄弟になるかも知れないと思って怒っているのだろう。
私への信用が全くないことに悲しくも苛立ちを覚えた。

それでも拒絶するなんて出来るわけなくて、私はそのまま抱かれることを受け入れた。
ここが玄関だとか、避妊具をつけてくれなかったとかそんなことに涙が出そうになった。
私は大事にされていないのだと思う。



メイクを落とさないであのまま寝てしまった。朝起きて鏡の前に立ち罪悪感に襲われる。フルメイクのまま寝てしまうなんて、肌が荒れてしまう。
土方さんを起こさないよう細心の注意を払いながら、シャワーを借りた。お風呂場にいつの間にか当たり前のように置かれているメイク落としを見て、私って本当に一体なんなのだろうと凹んだ。

この部屋に私以外の女の気配は感じられない。私が買ったメイク落としだって普通に置かれているし、歯ブラシも私の衣類も全部当たり前のように増えていった。

土方さんは甘く優しくて、苦く残酷だと思う。
昨日言われた言葉がズキズキと胸を傷めつけた。
"現にお前、俺とも酔って何回もヤってるもんな"
セフレでもいつかは彼女になれるかも知れないだとか、私だけは特別なんだとか思っていた。だって、毎週泊まっていたしこの部屋に他の女の人の気配はなかったし。あの低く優しい声で名前と呼ばれる度に距離が縮まる気がしていた。

それは全部全部私だけが思っていたことで、土方さんにとっては飲めばヤれる女止まりなのだと思い知らされた。


「大丈夫か?」


シャワーを浴びながらそんなことを考えていれば、いつの間にか土方さんは起きてしまっていたらしい。浴室のドア越しに声をかけられる。


「あ、すみません。シャワーをお借りしてて」
「構わねえよ。えらく長ぇーから具合でも悪いのかと思っただけだ」


そう言って脱衣所から出て行ってしまった。その声は昨日の怒っている声と違い、いつも通りだ。
慌てて上がり着替えを済ませれば、コーヒーが淹れられている。テーブルに置かれたマグカップの横にはポーションミルクとスティックシュガーも置かれていた。


「ありがとうございます」
「なに改まってんだよ、いつも淹れてやってんだろ?」


今日は寒いらしいから鍋でもするか、とニュースを見ながら言った土方さんは昨日のことなど忘れてしまっているかのようにいつも通りだ。
よく分からない、私には土方さんが本当によく分からない。

どうして毎週泊まるような仲になったのか、どうして土方さんはあの日私を抱いたのか、どうして私を家に入れたのか、どうして私なんかとこうして一緒にいるのか。

土方さんくらいの人ならもっと他にいい人がいると思う。どうして私なのだろうという疑問の答えを聞く勇気はなかった。


「なに鍋にしますか?」
「味噌」


お前味噌好きそうだよな、なんて言われてキムチ鍋の方が好きだけど「好きです、締めはラーメンにしましょう?」と笑って答えた。

あの日泊まることをせず、抱かれることもしなければきっとあのまま微妙な距離でいたと思う。あの日抱かれたからこそ私は今、土方さんと夕飯のメニューを考えることができて、毎週会うことを楽しみにできて、なおかつ抱かれて幸福感を得られるのだ。

だから私は、あの日ヤらなきゃ良かったの?なんて思わない。思いたくないのに、もしもヤっていなかったら軽い女というレッテルは貼られなかったんじゃないかと後悔してしまう。

あぁ、そういえば昔誰かが言っていた。付き合う前に身体の関係を持つと、それ以上にはなれないのだと。あの時はそんなことない、セックスは愛を確かめ合うものだと思っていたけれど……今ならよくわかる。愛がなくても出来るし、きっと私はセフレ以上の存在にはなれないだろう。


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