別れを切り出したのは私だった。
"江戸を発つことになった"一週間前に電話越しに聞いた声は清々しいほど力強かった。ここ最近真選組はバタバタしていたし、幕府の権力争いで局長である近藤さんが捕まってしまったりと兎に角本当に色々なことが起きた。
女中として働いてた私も職を失い、今は貯金を切り崩して生活をしている。

待ち合わせ場所はいつも通り、屯所から近い甘味処だった。お互い屯所に住んでいたのだから一緒に出ればいいものの、公私混合をひどく嫌った十四郎の希望だった。
久しぶりに会う十四郎の顔はいつもと変わらず凛としている。


「ごめんね、待った?」
「いや、今来たところだ」


電話で聞くよりもずっと落ち着いた、少し掠れた低い声が懐かしくも感じる。
並んで歩き出せばどこに行きたい?と聞かれた。十四郎の行きたいところでいいよ、と答えれば眉間のシワが深くなる。


「お前が最後にデートしてえっつったんだから行き先くらい決めろよ」
「じゃあ遊園地にでも行こうか。ほら、初めてのデートで行ったでしょ?」


最後のデートなのに、初めて二人で行ったところを選択したのは少しおかしかったかも知らない。十四郎が舌打ちをした。
嫌だった?と聞けば別に構わねえよと返されたので、本当は遊園地好きじゃないんだろうなと思いつつも手を握った。

平日ということもあり、大江戸遊園地は閑散としている。並ばずともアトラクションに乗ることができて私のテンションは高まった。


「総悟くらいかと思ってた」
「沖田さん?なにが?」
「遊園地なんざでそんなに楽しそうな顔をするのは」


目を細めてこちらを見た十四郎に胸が締め付けられる。嫌いになったわけじゃない。
お互い気持ちが冷めたから別れるわけじゃなかった。頭を優しく撫でた十四郎が「次はなに乗りてえんだよ」と笑うから、私も慌てて笑顔を向ける。
観覧車に乗って天辺でキスをするなんて、もう望めないことだろう。


「メリーゴーランドに乗りたいって言ったら?」
「待っててやるから乗ってこい」
「言うと思った」


公共の場はほとんど禁煙になってしまったから、十四郎は早くここを出て一服したいのだろう。初めてのデートの時は、口を開けば煙草のことを言っていたのに今日は一言も言わなかった。
それもまた"最後"だから、気を遣っているのだろう。

夕方まで楽しみ、夕食を取りに行こうとどちらともなく話す。デートらしいデートをするのは二回目だから、いいお店が浮かばなかった。付き合っていたとはいえ、ほとんど屯所内で顔を合わせていたし、たまにある十四郎の休みにご飯を食べに行ったりもしたけれどそれは居酒屋が多かった気がする。


「あそこでも行くか。お前の誕生日に行ったとこ。少し値は張るが美味し最後なんだから居酒屋よりかマシだろ」


そこでいいか?と言う十四郎に頷けば手を差し出された。さっき私が握った時は嫌そうな顔をしたくせに、どういった風の吹き回しだろう。


「いいの?繋いでも」
「最後のデートなんざしたくなかったんだよ」


質問の答えになってないよ、十四郎。
それでも差し出された手を握れば、ぎゅっと握り返してくれた。盗み見た十四郎の顔は苦虫を噛み潰したように険しい。


「ご飯食べたらどうする?」
「居酒屋でも行くか。時間はまだあんだろ」


そうだね、そうしよう。
繋いだ手に力を入れれば、十四郎も力を少し入れてくれた。
今日がこのまま終わらなければいいのにと、胸の中で何度も繰り返した。