It's not you, it's me


銀時と私は付き合ったのだろうか。そこさえよく分からないまま私は銀時と一緒にいる。

「今日神楽が新八んとこ泊まるんだと」

台風が近づいていると新人天気予報士がテレビで言っている午後、今日も今日とて暇な銀時が我が家へやってきた。テレビのお姉さんを見て「いいケツしてんよな〜やらし〜」と言っている。

「じゃあ銀時一人なの?」

「そ。だから今日泊まってくつもり」

嬉しい?とこちらへ顔を向けられて私は笑顔でうんと返した。嬉しい、一人じゃない夜はとても嬉しい。ベランダから見える江戸の空はどんよりと曇っていて、風もやや強くなってきていた。銀時が泊まるなら今日は夕飯を作ろうか。

「なに食べたい?」

「え?お前が作るの?」

「いや、一緒に作るでしょ?」

「じゃあ買い物行くか」

「お金あるの?」

懐に手を突っ込んだ銀時がじゃらっと小銭をテーブルの上に取り出した。百円玉が六枚と十円玉が三枚、それから五円と一円玉が二枚づつだった。

「よく買い物行こうなんて言えたね」

「ばーか、500円ありゃ十分すげーだろーが」

まあいいや、銀時だから。バッグから財布だけ取り出して玄関へと向かう。でもね、こんな時に十四郎はいつもご馳走してくれたなとか思っちゃうんだよ。

「なにしてるの?行くなら早く行こう、台風来るんだって」

「へーへー…あ、ちょっと待って、ションベンだけさせて」

漏れる漏れるとトイレへ駆け込んだ銀時に笑みがこぼれた。十四郎と比べてどうする、十四郎と銀時は全くの別人で接点なんかないじゃないか。このまま銀時といればいつかは十四郎のことを忘れられるかもと思いながらスリッパをしまった。
スーパーでは銀時がカートを押してくれて、会計こそ私持ちだったけれど袋詰めも荷物持ちも銀時がやってくれた。さすがは万事屋の大黒柱なだけあって私よりも袋詰めが綺麗だった。こういうところも十四郎とは正反対だ。十四郎は食パンの上に牛乳を入れちゃうようなタイプだった。並んで歩きながら家までの道を行く。銀時は夜何観る?だとか、夕飯の冷しゃぶのタレは何派?だとか、それはよく喋っていた。

「あれ?土方くんじゃん」

もうすぐ家に着くってところで銀時が言った。よく喋る銀時だから今まで話半分に聞いていたのにそれだけはクリアに聞こえて足が止まる。え?と銀時の視線を追いかけて、一気に血の気が引いていくのを感じた。なんで、こんな所にいるの。

「万事屋となまえ?」

振り返った十四郎に息が止まるかと思った。銀時には申し訳ないけれど、銀時と一緒に居るところを十四郎には見られたくなかった。どくんどくんと脈が早くなるのがわかる。体中が熱を帯びたようにあつくなり耳の奥がキーンと痛くなった。

「なに、してんだお前」

十四郎が私から目を離してくれない。まっすぐ向けられた視線が痛かった。見ないで欲しい、今私のことを見ないで欲しい。

「なにって…買い物帰りだけど…」

震える声でそう絞り出すのが精一杯。視界が揺らぎそうになるのを必死に堪えた。泣くな泣くな泣くなー…。今ここで私が泣いたら十四郎を困らせるし銀時に申し訳ない。拳に力を込めて堪えようとしても、それでも目頭が熱くなってしまった。だめだ、泣く。せめて泣いたのが十四郎にバレなきゃいい。すっと顔を下げ目をそらした。そんな私に気づいて銀時が舌打ちをする。

「え、なになに、二人知り合い?」

「別に、てめえが心配するようなことはなにもねえよ」

銀時の明るすぎる声色とは裏腹に十四郎の低い声。それはつまりこの状況を見てもどうも思わないってことだろう。そりゃまあそうなんだけど。二人、知り合いだったとは知らなかったなあ。

「あっそう。ほんじゃ」

私の肩へ腕を回した銀時が行くぞと歩き出した。私は十四郎の方を一度も見れずに銀時と家へ続く道を歩く。すれ違いざまに香った懐かしくも感じる十四郎の煙草のにおいに堪えきれなかったものが流れ落ちてしまった。肩に回された手が痛いほどだ。先ほどまでずっと何かしらを喋っていた銀時が口を開かないのも痛かった。
家に着いてからも銀時は無言で買ってきたものを冷蔵庫に入れていた。その背中は苛立っているようでもあって傷ついているようでもあった。それがどちらも私のせいだとわかっているから、私はごめんねしか言えない。

「それって何に対してのごめんなわけ?」

背中を向けたままの銀時は鼻で笑いながら言った。この場合私はなんて言えばいいんだろうか。傷つけて?苛立たせて?それともやっぱりまだ十四郎のことが好きで?
黙ったままの私に銀時はさらに腹を立てたようだった。こちらへ向き直し「この先お前、俺のこと好きなる気あんの?」と聞いてきた。

「そんなの、」

「わからねーじゃねーだろ」

「ぎんとっ」

「お前、俺のなんなの」

目の前がチカチカする。先ほどやっと引っ込んだはずの涙がまたぶり返してきそうだ。銀時は情けないくらい小さな声で「俺はお前を惚れさせる自信ねーよ」と言った。頼むから私、ここで泣かないでくれ。

「わ、たし、」

何を言えばいいかも分からないまま口を開いた。銀時はもう私を見ない。

「つーか、別に俺たち付き合ってねーしお前が謝る必要ねーだろ」

帰るわ、と立ち上がり私の横を通り抜け玄関へ向かった銀時を私は黙って見ていた。どうして私は銀時じゃだめなんだろう。どうして十四郎じゃなきゃだめなんだろう。ああだめだ、しんどい。
ブーツを履き終えドアノブに手をかけた銀時が「なあ」と言った。

「幸せになってもらいてーと思ったら手、離すもんかも知んねーわ」

そして錆びた音を立てて閉まったドア。そんなこと言われたら死んでも離さないんじゃなかったの、なんて言えない。外は風が強くなり、雨戸がガタガタと音を立てている。もうじき台風が江戸付近を通過するんだろう。