wish I could go back in time


皮肉にもなまえが俺に見切りをつけてから俺の周りはだいぶ落ち着きを取り戻した。なまえをこちら側へ引き込まないために一線置いて関係を続けていたからから、なまえと切れた途端嫌という程時間が取れるようになった。

「俺たちが暇っつーことは世間様が平和っつーことなんだろうけど、仕事がねえとなにしたらいいかわかんねえな」

今まで仕事仕事仕事でこれといった趣味も遊びもしてこなかった俺にゃ、ぽんと渡された夏季休暇を持て余してしまう。同じく夏季休暇を近藤さんから言い渡された山崎がバドミントンのラケットを片手に一緒にどうです?と言った。

「暇でも断る」

「ノリが悪いですね」

っちえーと口を尖らせた山崎にキッモとボヤけば副長もそんな言葉使うんですかと驚かれた。使うだろ、うざいとかも使うぞ俺。あー暇だと思った時になまえは何してんかなって考えてしまう。女への免疫がないわけじゃないけれど言うほど経験のない男はだめだ、簡単に吹っ切れて簡単に忘れることができねえらしい。

「吉原でも行くか」

「連れション感覚で誘うのやめてもらっていいですか」

俺昨日行ってきたんで大丈夫です、と断りやがった山崎に転がっていた羽根を投げつけてやった。ノリ悪いのはてめえの方だろうが。

「つか吉原なんか言ったってどうせまたできないで終わるんじゃないですかー、副長なんだかんだ言って純粋ですし」

「うっせ。誰彼構わず盛れるてめえ等がおかしいんだよ」

「俺だって好きな相手ができたら変わると思いますよ。まあそんな出会いがないんですけど」

あれ俺このまま死ぬまで独り身だったらどうしようと一人勝手にうなだれ始めた山崎を横目に腰を上げた。なんで好き好き言ってたあいつが前に進んで好きなんざ口が裂けても言わなかった俺が身動き取れなくなってんだって。

「どっか行くんですか、吉原ですか」

「ほっとけ、腹が減ったから飯食い行くだけだ」

ついてくんなよと言えばなんでついて行かないといけないんですかと返された。最近の山崎は少し生意気だ。山崎のくせに。
なまえのことはうちの奴らみんな知っている。知っているが興味を持ったのは最初だけで、付き合って2ヶ月も経てば誰もなまえと俺のことを面白おかしく知りたがりはしなかった。あの総悟でさえ、3ヶ月が経った頃にゃ興味を削いでいた。そりゃそうか、あの頃のうちは次々起こるテロやら事件やらでそんな暇がなかった。そこへなまえの身を脅す手紙やらもあったんだからそれを捌ききった俺たちはそれなりに評価を上げてもらいたいものだ。

「ちっ」

目的もなく歩いていると無意識になまえん家の近所へ来てしまう自分に腹が立つ。忙しいなりに時間を作っては向かったそこへの道に舌打ちをして、膝を返した。会えなくても家の下まで行ったこともあった。まあ夜中だったり早朝だったりでいつも電気が消えていたけれど。見回りついでに通ったりもした。顔を見るくらいならできたかも知れないが、顔を見たら触れたくなる。悲しくも男は触れたら抱きたくなってしまう。そんなことをするほどの時間はなかった。これが落ち着いたら、あれが落ち着いたら連絡をしようと思っているうちに三日経って一週間が経って、気づけば1ヶ月半連絡を取っていないこともあった。そして俺はなんであいつから電話の一本もないんだと理不尽にもムカついたりして…。

「まあ要するに甘えてただけなんだよな」

言わなくても分かるだろう?…言ったって分からねえことの方が多いっつーのに。どうして後から考えれば分かることをその時その時は一つも分からねえんだろう。見上げたなまえの部屋は今日も灯りが消えていた。

「あれ?土方くんじゃん」

後ろから呼ばれて振り返った。そして、心臓を撃たれたような衝撃を受けた。

「万事屋と、なまえ?」

ドッドッドと早くなる心臓。鼓膜までもが脈を波打っているような気がした。
なんで、どうして、お前らが一緒にいるんだよ。なまえの隣に立っているのが万事屋だと認識したはずなのに、俺の目にはもうなまえしか映らない。

「なに、してんだお前」

「なにって…買い物帰りだけど…」

別れ話をした時と同じ顔をしているなまえ。驚いたように目を見開いて、そして傷ついたような表情だ。そんな姿を見ているとなにも言葉が出なかった。頭ん中が真っ白になって全身が重く感じる。他の野郎の隣に立つなまえなんざ見たくもないのになまえから目が離せない。パッと視線を外したなまえは右斜め下へ顔を反らした。

「え、なになに、二人知り合い?」

万事屋がこの状況に不釣り合いなほど明るく言った。確かにその言葉が聞こえているのに重りを血管に入れられたんじゃないかってくらい体が重くて口を開くことさえできない。万事屋へ視線を向ければふざけた声色とは正反対の目をして俺を見ていた。ああ、そうか、てめえも同じ気持ちでいやがるわけだ。

「別に、てめえが心配するようなことはなにもねえよ」

ああうぜえ。ああ、うぜえな。俺が何したっつーんだよ。何もしてねえだろうが。なんでよりによって万事屋なんだよ。なんでこんなところ見なきゃなんねえんだよ。

「あっそう。ほんじゃ」

なまえの肩を抱き万事屋が俺の横を通る。ふわっと鼻を抜けたなまえのにおいに混じる男のにおいに反吐が出そうだった。乳酸が溜まったように重い足を思いっきり殴って、それからあいつらと正反対の道へ足を進める。今から追いかけてその汚ねえ手を離せと言ってやりたかったが生憎そんな権利、俺にはもう与えられていない。