don't see you more


十四郎からの連絡は思っていたよりも早くきた。ただの社交辞令かと疑っていたけれど、そういえば十四郎はできない約束をしない人だったと仕事で出れなかった不在着信に嬉しくなった。

『おお、悪いな仕事だったか』

「うん、ごめんね出れなくて」

帰路につきながらかけ直した。まさかまた電話をする機会があるとは思わなかった。電話越しの声はいつもより少し違って、それもまたいい。耳元へダイレクトに届けられる低音は私の耳をくすぐる。「今終わって帰るところ」と言い信号待ちをしていれば十四郎が『知ってる』と言った。

「え?」

あ、まあ電話してる時点で仕事終わりなことくらい分かるか。歩行者の信号が青になる、渡ろうと足を進めた。

『そのまま渡ったらパトカー見えねえ?』

足元へ向けていた視線を上げれば先に見えるは真選組と書かれたパトカーで…

「見える」

『見回りついでに送ってく』

なんで、とか。どうして、とか。聞きたいのに口が一文字に強く結ばれてしまった。下唇を噛み感情を抑え込む。付き合ってる時は私のことなんて構わなかったくせに。付き合ってる時はそんなことしてくれなかったくせに。

「いいよ、大丈夫。近いし」

一歩一歩、近づいているのにそんなことを言ってしまう可愛げのない自分が嫌いだ。携帯を持つ手に力がこもる。パトカーの目の前までやってきた私に十四郎がため息を吐いた。

『俺が送りてえから送らせてくれねえか』

「なにそれ、意味わからない」

「分かんねえか」

「うん、分からないよ」

全然分からない。もう電話越しじゃなく直接聞こえる十四郎の声。私の目に映る十四郎はちょっとだけ笑っているようだった。パトカーの助手席に乗り込んだ私を十四郎はちらりと見た。なに?と聞こうか迷ってその視線に気づかないフリをした。走り出したパトカー、乗るのは2回目だ。初めて乗った時よりもずっと緊張する。

「お前ちょっと痩せたな」

「それセクハラだよ」

「…ちゃんと飯食ってんのか」

「食べてるよ。十四郎こそ忙しいからって食べてないんでしょ」

「食ってるよ」

流れる景色を見る。十四郎の方を向けない私は窓の外を眺めていた。言いたいことも聞きたいこともいつもちゃんとあるのに、どうして私は逃げてしまうんだろう。何一つ見せないまま終わった恋に、すがりつくこともできず忘れることもできない。もういっそ、会えないところにでも行ってしまおうか。二人の間に流れる空気が優しくて痛い。柔らかく包み込んでくれちゃう十四郎の空気が愛しい。

「送ってくれてありがとう」

家が見えてくる。十四郎が「いや」と言った。家の下で停まったパトカー、降りるその前に十四郎の顔が見たくてそちらを向く。窓のところに肘を置いて煙草を吸っている十四郎もこちらを見ていて視線が絡んだ。手持ち無沙汰な私は照れ隠しに髪を耳にかける。別に邪魔でもなんでもなかったけれど、その仕草とともに視線を外した。

「じゃあ、気をつけてね」

ありがとうともう一度言ってちらりと上げてしまった視線。

「…だらしねえから隠しとけよ」

瞳孔の開いている瞳が射るように私を睨んでいる。蛇に睨まれた蛙のように私は固まってしまった。

「首」

トントンと自身の首を人差し指で示した十四郎。首?と十四郎が指したところに手を当てる。首にあるだらしないものを思い浮かべて先日の銀時との行為を思い出した。

「あっ、これは、」

途端に恥ずかしくて、情けなくて、罰が悪くなる。私に十四郎を責める権利なんてない。付き合ってるか付き合っていないかの違いだけで、私たちは似てるようなものではないか。一方通行の恋を辛いと知っていたのに同じことを銀時にしている。すっと伸びてきた十四郎の手が私の首筋を撫でる。そして多分跡があるだろうところで止まりぐっと力を込められた。

「いい奴なのか」

付き合ってないなんて、言えるわけがなかった。そんな尻軽だと思われたくなかった。もうこの時点で結構詰んでるけれど。しかし彼氏がいるなんて言えばきっと十四郎は私にもう連絡もしないだろう。会うなんて以ての外だろう。その辺、堅いのだ。そして私を元彼と密会するような女にはしないのだ。知っている、私は十四郎だけをこの半年ずっと見てずっと考えていたのだから。

「うん、優しいよ」

「そうか。悪かったな、そっちの都合も考えねえでこんな真似して」

終わった。別れ話よりもずっと痛かった。別れ話じゃ泣けなかったのに今は泣いてしまいそうだ。泣くな泣くな泣くな、笑え私。

「じゃあ…送ってくれてありがとう」

バタンと閉めたドア。振り向くこともせず家へと向かう。ぎゅっと口元に力を入れたまま早足で階段を上がり家の中へ入った。もう二度と、かけるつもりのなかった番号を開いて発信ボタンを押す。今までよりもずっとずっと長い呼び出し音の後に“優しい人”の声がした。

『…なに』

「会いたい」

『馬鹿じゃねえの』

「銀時、私と付き合う気ある?」

深いため息が聞こえて、それから優しい人は小さく『お前本当に馬鹿だろ』と言った。わかってるわかってるわかってる。私は馬鹿でどうしようもない。でも、それを分かってて私を抱く銀時だって馬鹿だ。

「だってもう、諦め方が分からない」

『そんなこと俺だって分かんねーよ』

この部屋に一番、十四郎との思い出が詰まっている。