should've known better


なまえと知り合ったのは女っ気のない俺を心配したとっつぁんの有難迷惑な心意気からだった。知り合いの知り合いのそのまた知り合いの部下だとかいう説明に俺は頼むから余計なことはしてくれるなと思った。見合いだなんだとお膳立てをされるのが嫌で仕事だと嘯いて山崎にその女の素性を調べさせてみた。結婚をして名字を残したいだとか、守るべきものが欲しいだとか、そんなことを思えない俺は吉原での一夜限りの方が気楽で、とっつぁんには悪いがどうにかしてその女との話をなかったことにしたかった。しかし女の方は俺を気に入ったらしく、常日頃女との出会いがない田舎者の俺はあからさまに向けられる好意に少しづつ揺らいでいくことになる。

「今回でこうして会うのが5回目になりますけどとりあえず付き合ってみませんか、私と」

女は5回目の食事会と称されるいわばデートで、自分の自己PRを始めた。自分と付き合っても俺を煩わせることはないだとか、分別のある歳になったから互いに負担にならないよう高め合える付き合いを望んでいるだとか。顔を赤くしながら一生懸命話す姿をいいなこの女って思った。女は別れたくなった時は一言言ってもらえれば潔く別れると言った。お互い酒に酔っていたこともあっただろう。だから俺もあいつも饒舌になれたのだろう。

「別れる時は多分お前からだよ」

付き合おうとは言わなかった。だがこれが俺とあいつの始まりだったはずだ。
ー…資料室でうたた寝をしたからか、懐かしい夢を見た気がする。資料室は古紙のにおいが充満していて妙に頭を冴えさせ気持ちを落ち着かせた。ファミレスでなまえと別れてから二週間と二日が経った。もうきっぱりと終わったはずなのにたまに携帯が鳴ってる気がして、着信を気にしてしまう。別れてから指折り日数を数えている自分が女々しくて気味が悪かった。

「副長ォ」

あ、いたいたよかったここにいたんですか〜
とやってきた山崎が封筒片手に嬉しそうな顔をしている。

「ドタバタすんじゃねえよ、埃が舞うだろ埃が」

たまにゃここもちゃんと掃除させねえと…と文句を垂れる俺にすみませんと口癖のように返した山崎が茶封筒を差し出した。

「やっと黒幕の動向が掴めましたよ」

長かったですね、と笑う山崎にずっと胸に突っかかってたものがするりと落ちていくのを感じた。これで一先ずあいつの安全を少なくともしばらくは守れるらしい。そうか、と封筒を受け取り中を確認する。でけえ組織の黒幕さんとやらの顔写真を凝視して頭の中に強く記憶させた。

「これで副長を脅迫した馬鹿なやつらを捕まえられますね」

「武器の密売と公務執行妨害もつけてしょっ引く」

「…了解です」

ふう、と息を吐き瞼を閉じた。もっと他にやり方があったんじゃねえかって、ずっと思っていた。当初の理由とは異なるが目的は同じようなもの。なまえが俺を嫌いになればいい、嫌いにならずとも付き合うだとかそんなことを諦めてくれりゃいい。なかったことになればいい。

「会いてえな…」

恋人らしいこと、何かしてやれただろうか。いや、何もしてやれてねえな。ここ半年、いろいろな面倒事が一気に増えた。そこへなまえとの関係を脅す文書が屯所へ届く。最初から分かっていた、俺と付き合うことであいつが浪士から狙われるだろうこと、分かっていた。仕事優先で、その上あいつの身まで四六時中守れと言われても不可能に近かった。いつでも一緒に居てやれるわけでもねえ、いつ俺が死ぬかも分からねえ。そんな中であいつをどうやって守ってやれる?俺がどこぞの誰かに寝首をかかれたとして、あいつはどうする?安易に受け入れてしまった関係を、どう守ればいいか俺には分からなかった。

「弱音を吐くくらいならちゃんと向き合えば良かったんじゃないですかねぇ」

「うっせえーな、殺すぞ」

山崎が哀れんだ目を向けて、笑っている。向き合えって言う方は簡単だよな。向き合ったところでどうしろっつーんだよ。俺と付き合うからにはいつ襲われてもいいように身構えとけって言やあー良かったのか?イベント事は毎度仕事で構ってやれなくて、不満を言わせてやることもできねえのに。

「だから言ったんだ。俺にゃ女は必要ねえって」

傷つけることなんざ最初から分かっていた。なら、受け入れなきゃ良かった。なら、手を出さなきゃ良かった。

「じゃあもう携帯気にしたり、俺に見張らせたりしなきゃいいんじゃないですかね」

不用意に連れて歩いてやることもできない。敵の多い俺と親密な関係だと触れ回ることはしたくない。それでも、俺から別れを告げてやれるほど優しい男になってやれなかった。

「いっそ、見えるところに置いておけたらいいのにな」

「監禁したいっつーことですか」

「違えよ、アホ」

大変ですね、立場ある人って言うのもそれなりに。
そう言った山崎が「あ、そういえばもう必要ないかと思いますが、なまえさん新しい男ができたっぽいですよー」とでかい置き土産を残して資料室を出て行った。それを望んだのは俺だったはずなのに、ため息が出てしまう。そうかよ、そいつと普通の恋人らしく幸せになればいい。思惑とは異なる感情を綺麗に飲み込むにはまだ時間が足りねえらしい。そんな言うほどの思い出は残さなかったつもりなのに。