too late wily is you


焼き芋の移動販売車を帰り道で見つけた。別に焼き芋が好きなわけじゃなかったけれどにおいに釣られてトラックへと向かった。

「あ、」

「っつー…」

先客がいた。二人。山崎さんと十四郎だった。久しぶりに見る十四郎は相変わらず私の胸を締め付ける。うっ、と漏れた声に山崎さんが眉を下げた。そこまで食べたいものじゃなかった、どうしても欲しいものじゃなかった。しかしやっぱりやめようと膝を返すにはわざとらしすぎる。私に気づいて「あ、」と声を出してしまった十四郎はどんな気持ちだろう。とりあえず、仕方なしに十四郎たちの後ろに並んだ。バッグから財布を取り出して早く時が経つのを願った。十四郎が焼き芋を買っている姿を見ているだけで泣きたくなってしまう私はこの気持ちをどうしたらいいんだろう。

「やるよ」

会計を済ました十四郎が振り返る。差し出された焼き芋を私は受け取りたくなかった。

「いい、自分で買うから」

「なんでお前はありがとうって受け取れねえの?」

なんで?そんなの十四郎からだからじゃん。山崎さんからだったらありがとうございますって、有り難く受け取るのに。私は十四郎の前じゃとんでもなく性悪で嫌味な女なのだ。

「じゃあ、うん、ありが、とう」

嫌だ嫌だ嫌だ。会いたかったはずなのに会えば言いたかった文句が口から出てしまいそうで、それでいてやっぱり好きなもんだから泣いてしまいたくもなって…。振った相手にそんな優しさや気遣いは必要ないのに、この人にとって私は気まずくなる必要もない存在なのかなんて。焼き芋を受け取ったらもうこの場にいる必要は互いにない。じゃあと早く立ち去りたいのに、少しでもその姿をこの目に焼き付けていたいような気もしてしまう。

「じゃあ、これありがとう。山崎さんもまた」

ぺこりと頭を下げ、背を向けた。別れ話をしたのは私からで、十四郎はそれを受け入れてくれたわけで。ここで泣き出すような惨めなことはしたくなかった。体が熱いのは手の中にある焼き芋が出来立てだからだろう、そうでありたい。早足でその場を少し離れ小道に入ってから足を止めた。会えた、久しぶりに姿が見れた。それだけで泣くほど嬉しい。ううっ、と声を押し殺して流れてしまった涙を拭った。マスカラが落ちてパンダみたいになってるかな、とか。家まで我慢できなかったのかな、とか。まあ思うことはいろいろとあったけれど今はいい。十四郎が私に話しかけてくれたことだとか、付き合ってた頃のように私が財布を取り出す前に支払いを済ませてくれちゃうところだとか。もう二度とないと思っていたことが目の前で起きた、それだけを噛み締めたい。ああもうだめ、やっぱだめ、嫌いになんかなれないし忘れるなんて無理だし私まだ十四郎のことが大好きだし。あの日に戻れるなら試すようなこと言わないから十四郎が暇なときにだけ構ってもらえる存在でもいいから。名前のある関係に戻りたい。そんなことを思っていれば頭からなにかで視界を奪われた。私の顔を覆った黒いものは私の大好きなにおいがする。

「え、っと。副長がなまえさんの様子見てこいって言ってて、それで」

プライドが高い女だから理由は聞かず顔だけ隠してやってくれって。山崎さんの声が私を余計に泣かせた。放って置かれたらそれはそれで嫌だけど、別れた相手にそこまで気なんか使ってくれなくていいのに。ほらまた、私は十四郎を好きになる。



同じ町に住んでいれば遭遇する機会は高い。付き合っていた頃はこちらが会おうとしなければ会えなかったのに別れてからは予期せぬところで顔を合わせることが増えた。焼き芋然りスーパー然り。

「最近よく会うな」

隊服ではなく着流しでカゴを持っている十四郎が私の手の届かなかった商品を背後から軽々と取ってくれた。これか?と目線の高さまで落とされた調味料に頷く。下段には在庫がなく品出し前の商品を取ってもらったのだ。ありがとうと礼を言えば十四郎がカゴの中を見て「カレーか」と言った。

「うん、来る途中いい匂いのお家があってね」

ふぅん、と言った十四郎のカゴにもカレーのルーが入っていた。“あ、一緒だ”それだけで顔がにやけそうになる。勘弁してもらいたい。十四郎が私の視線に気づき「俺も今日はカレーの気分だ」なんて話を続けてくれた。へえ、十四郎もたまには自炊するんだ。付き合っていたはずなのに私は十四郎のことをあまり知らない。

「屯所で作るの?」

「ほかにどこがあんだよ」

「十四郎が料理できるなんて知らなかった」

「簡単なものなら、な。ウチは隊士が当番制で作るからある程度のことはできなきゃ話にならねえ」

なんとなく二人一緒にレジへと行く感じになってしまった。同じようなものを買って、並んで袋詰めをする。無言なのに付き合ってる時よりもずっと居心地が良かった。そういえば私たち、スーパーで一緒に買い物なんてしたことあったっけ。
店を出て十四郎は左、私は右へと向かうはずだった。屯所は左で私の家は右だ。だからここでお別れかあって、じゃあと声をかけようと顔をそちらへ向けて言葉が出なかった。

「な、に?」

十四郎が煙草片手に私を見ていた。火のついていない煙草を持って、反対の手でスーパーの袋をぶら下げてこちらを見ている。十四郎の目がまっすぐ私の目を見るから息がつまりそうだ。

「いや、なんでもねえよ」

「…そう」

瞬きをしてから「じゃあ、また」と私が言った時にはすでに煙草へ火をつけるべく十四郎はもう顔をそらしていた。かちゃかちゃとライターの石を回しながら手で風を防ぐ姿に初めて十四郎と会った時が重なる。あの時は隊服だったけど、着流しでもかっこいいから嫌になるなあ。でも私、隊服姿の十四郎の方が好きだ。仕事中の十四郎を好きになったんだ。長い睫毛が伏せられている横顔に胸がぎゅっと締め付けられる。

「なあ」

「うぇっ?」

「…なんだそれ」

「やっ、ちょっとびっくりして」

こちらを見ないまま十四郎が煙を吐きつつ私を呼んだ。まさか話がまだ続くと思っていなかった私はぶっさいくな声が出た。こういう時に可愛い返事ができるような女になりたい。

「俺今日非番なんだよ」

「うん」

「カレー」

「うん?」

「久しぶりにお前の食いてえ」

このあと私はなんて答えたのかわからないけれど、屯所へ材料を置きに戻った十四郎が一時間後私の家にやって来たから多分「うん」とか「分かった」とかそんな返しをしたんだと思う。私のカレーが食べたいと言ったくせに十四郎はマヨネーズをたっぷり鍋へ直接入れていた。どちらかというと私が十四郎のカレーを食べた気分だ。

「送っていこうか?」

カレーを一緒に食べ、後片付けを終えれば十四郎はなにもせず帰ると言った。室内に二人っきり、なにもしないで帰るっていうのはやっぱり私たちもう戻れないんだろう。寂しさがどっと押し寄せる。

「バカ言え、二度手間になんだろうが」

カレーごっそーさん、と十四郎がドアノブに手をかけた。帰らないで、泊まっていけばいいのに。銀時なら絶対泊まって行くだろうしなにもしないで帰るなんて有り得ないんだろうなって。じゃあなとドアを開けた十四郎に、帰らないでと言いたくなってしまう。言わないけれど。

「うん。…気をつけてね」

またねと言おうとして、気をつけてねに言葉を変えた。またなんてないかも知れない。今日だってたまたま、私のカレーが食べたくなっただけだろう。またねが言える関係がどれだけ特別なのか思い知らされる。手を軽く振って笑顔を作ろうとしても、全然笑えない。

「…また、連絡する」

「え?」

バタンと勢いよく閉められたドア。言い逃げした十四郎はまたを使った。一人残された部屋、さっきまで笑えなかったはずなのに声を出して笑ってしまった。