forget the way I feel


十四郎が伝票を手にして席を立った。目の前には氷が溶けて薄れてしまったミルクティーがコップに汗をかいている。仕事人間だということは出会った時から分かっていた。私に大して興味のなかった十四郎は押されるがままに交際を受け入れた。付き合うまでこじつければ上手くいくと思っていた。浅はかだった。

「理由も聞かないの」

レジへと向かっていた足が止まる。振り向きもせず十四郎が言った。

「最初から分かってたしな」

じゃあな、が遠退く。恥ずかしくて顔も上げられやしない。構ってもらえなくて寂しかった。私より仕事優先な十四郎に不安だった。これで付き合ってる意味あるのって言った私に十四郎はうんざりしたような顔で「じゃあ別れりゃいいんじゃねえの」と言った。別れ話をしに来たのは私のはずだったのに。引き止めて欲しかった、そんな簡単に受け入れないで欲しかった。この恋はいつだって私の一人相撲で、十四郎はいつだって受け身で。虚しかった寂しかった悲しかった。分かった別れようなんて、本当は全然分かっていなかったのに。なのに、涙の一つも出やしない。そりゃそうだ、だって付き合ったっていったって私たち連絡を密に取り合うわけでもなく、頻繁に会うわけでもなく、半年で会った回数とヤった回数が同じ一桁だもの。
薄くなったミルクティーは十四郎の奢りらしいから氷まで残さず飲み干した。イマイチまだピンときていないようだ。



「うっお、人呼び出しといてなんだその面ァ」

私が涙を流したのはファミレスで失恋してから三日後のことだった。一人家で虚しく晩酌をしていたら深夜の星座占いがやっていた。無意識におうし座の運勢を見ている自分に笑えてきて、最終的に泣いていた。十四郎はきっと星座占いがやってるからって一度も私の運勢を気にしたことないんだろうな、とか。そもそも私の誕生日さえ知らないんだろうな、とか。まあ聞かれなかったから言ってないし仕方ないことだけど。私は付き合う前に聞いたのにこれといって聞き返されなかった、し。一人泣きながら飲む酒は私を余計惨めに思わせた。そこで居てもいられなくなって、私の悪い癖が出た。

「やっぱり来てくれると思ったよ、銀ちゃーん」

泣いて腫れたであろう目と、お酒で浮腫んでいるだろう顔面。どちらにせよこんなぶっさいくな姿、見せれる人なんて限られている。脱ぎっぱなしの服を足に引っ掛け拾い上げた銀時が洗濯カゴへシュートを決めた。

「随分ご無沙汰だったじゃねーか、男でもできてたか?」

「過去形で聞いてくるところね」

「だってオメェー男できんと付き合い悪くなるからなー」

今度は長かったじゃねーかと笑いながら私の飲みかけのビールをごきゅっと喉を鳴らして飲む。うまく開かない瞼を支えるのさえ面倒だ。

「とりあえずさ、ね?銀時」

「ばっか、顔見るなり盛るんじゃねーよっ、こらっ、」

「いいじゃん、そのつもりで来たくせに」

「女のセリフじゃねーだろそれ」

「嫌?」

「まさか。ただ、」

もう少し酒飲みたかっただけだよと銀時は残りを一気に飲み干して私の唇を塞いでくれた。苦いビールの味にホッとする。布団までいかなくていい。シャワーなんて浴びてなくていい。下着が気合の入っていないセールで買った安物だけど別にいい。十四郎よりもずっと回数を重ねた銀時の下で私は喘いだ。こんなことをしても虚しいだけだと知っているのに、私はいつも寂しさを銀時で埋めている。銀時に彼女ができたら私はどうしたらいいんだろうか。その時私も彼氏ができていたらいい話だけど。



なまえが俺に連絡をしてくるのは九割型男と上手くいっていない時で、幸せな時にゃ俺は居ないものとして扱われている。寂しい時だけ呼び出されてその場の感情だけでセックスをする。次の日にはなんにもなかったかのような顔で清き友達に戻る。最初は彼女を作らないでも性欲を発散させられる願ってもねー話だと思っていたけど、人間そんなうまい話はなかった。女が抱かれてるうちに情をわかすっつーのは聞いたことがあるけれど男が情をわかしてどうするんだっつーの。

「…なに?」

ブラジャーを着けながらなまえが視線だけこちらへ向ける。昨日はベロベロで銀ちゃん銀ちゃんと甘えてたくせにヤることやったらこんなに冷たくなっちまうんだから女だって残酷だ。手探りでパンツを探し当てもぞもぞと布団の中で履く。なんて間抜けなんだろうな俺は。

「なんでもねーよ」

これ以上ここにいる必要がなくて、帰るための身支度を整えた。抱けば手に入れれない事実に虚しくなる。なのに呼ばれりゃ嬉しくて飛んで来ちまう。男っつーのは虚しい。欲にゃ勝てねえ。人間っつーのは天邪鬼で、簡単に手に入ったものにゃそこまで興味を持てねえ。こんなことになるんなら絶対簡単に手なんか出さなかったのにと思っても多分俺は同じ状況を何度経験したってこいつを抱くんだろうなって。

「じゃ、帰ェーるわ」

またなと頭をぐりぐり撫でれば珍しくなまえの目が揺れた。初めて見る反応に手が止まる。

「お腹、空いたね」

「お、おう」

その辺にあった適当なものをさらっと羽織ってなまえが玄関へと向かっていく。なんだ、なんなんだと不思議に思いながら俺も続いた。なんか言えよ、お前ん家に置いてかれても困んだろうが。

「パン屋でも行こうか」

ガチャと開けられたドアの先にはわたあめみてーな雲が青い空に浮いている。むわっとした外気が体にへばりついてじわりと汗が全身に滲みでる気がした。

「神楽ちゃん達の朝ご飯は?」

そう言って振り返るなまえにずっと言いてえことがあった。なあ、なんで俺はだめなんだ?

「もう食ってんと思うぜ?新八早えから」

「じゃあ10時のおやつに買えばいいよ」

「お前も寄ってけば」

「銀時の朝帰りに一緒するの?」

「パン屋でバッタリ遭遇したってことで」

そんな偶然ある?と笑うなまえ。並んで歩いて、昨日は体液まで交えたっつーのに遠く感じた。こいつが俺を意識することは一生ないんだろうか。こっち向けこっち向けこっち向け、と睨みを利かせて念を送る。するとなまえは「何?」と俺の視線に気づいてくれた。

「んや?」

「そ?」

もしかしたら意識した上での無しなのかも知れない。都合よく扱われてんだろうな、俺と思ってももう今更どうすりゃいいのかわからねーんだから仕方ない。