No one matters but you


一人で過ごす土曜日の夜、十四郎と付き合ってた頃と変わらず私は“十四郎は何してるかな”と考えてしまう。別れてから四ヶ月が経った。私はずっと同じところで止まっている。いや、むしろ後退したかも知れない。
寝るにも寝れなくて、保存してしまった十四郎とのメールを読み返していた。私は一体あとどのくらいこの行為を繰り返せばこのメールを消せるのだろうか。未練がましく重い自分が嫌になる。他愛もない業務連絡ほどのやりとりでしかなかったけれど、繋がっているというのはとてもよかった。もしも私があの頃、会いたいとか寂しいとか、思いのままに伝えていたら何か変わっていたのだろうか。ああだめだ、今日もまた十四郎に抱かれた夜を思い出してしまう。寝れない、寝れそうもない。布団から出て軽く羽織りものに袖を通す。少し夜風にでも当たろうか。家の近くを少し歩くだけ、そう思い家を出た。幸いにも外灯が多い家周辺はまだ人通りが多い。イヤホンでお気に入りの曲を聴きながら静かに歩いていればなんだか少しだけ気分が良くなった。

「おいっ」

流れる音楽が五曲目に入った時、後ろから肩を叩かれた。イヤホンをしていたからか気配を全く感じられず驚きと恐怖で心臓が飛び跳ねる。右耳のイヤホンを外し振り返れば薄暗い中に浮かぶ十四郎の顔があった。

「なっ、」

「何じゃねえよ、何回呼んだと思ってんだてめえは」

怒鳴る十四郎は汗を光らせている。夏が過ぎた江戸の夜は汗をかくほどの気温じゃない。十四郎が声を荒げるところを私は見たことがない。何が何だか分からないまま、ごめんと口走れば十四郎が舌打ちをした。

「何してんだ、こんな時間に」

いつもよりも低い声。それは苛立ちを含んでいて私は何故十四郎が怒っているのか分からなかった。久しぶりに会って怒鳴られる私って一体。

「寝付きが悪いから少し歩こうかと…」

何も悪いことをしていないのに、罪悪感がわいた。ただ歩いていただけなのに十四郎が苛立ちを隠しもせず露わにするからごめんと出た。それに対して十四郎がもう一度舌打ちをする。なんだってそんなにイライラしているんだろうか。

「送ってく」

私の手首を掴み引っ張り歩き出した十四郎。こんな状況なのに私は隊服がやっぱりよく似合うなんて思っている。怒鳴られたのに腕を引いてくれることが嬉しくて胸元をぎゅっと抑えた。家の近くまで十四郎が喋らないから私も黙っていて、下まで着いて手を離されると同時に声をかけられた。

「こういう時はあいつでも呼べばいいだろう」

「こういう時って…別に少し家の近くを歩いてただけだよ」

「こんな暗くなってから女一人で歩く馬鹿は居ねえよ」

「でも人通りもあったし外灯もあるし」

振り向いてくれないくせに心配してくれるな。背中を向けて上っ面だけの心配など口にしてくれるな。こんなに近くにいるのに遠く感じる。きっと十四郎は私を分かろうとしてくれないし私は十四郎を知る努力をしない。私たちはどうしていつも何かを通して互いを見てしまうのか。久しぶりに会話をしているのに可愛いことを一つも言えない。まあこの状況で言える可愛いことなど私には皆目検討もつかないけれど。

「わざわざ送ってくれてありがとう、でももういいから。放っておいてくれて構わないよもし仮に何かがあったとしても十四郎が気に病むことじゃないし」

もう私たちなんの関係もないんだし。そう自分で言ってて虚しくなった。十四郎よりも私の方が関係ないなんて思ってないくせに、よくもまあそんなことをつらつらと言えるものだ。男のプライドが高い人より女のプライドが高い方がタチが悪い気がした。可愛くない自分が嫌なのに、可愛くあろうとできない。いつだって余計なことばかり言って肝心なことは言えない。アホみたいだ。

「ああそうかよ。そりゃそうだな、もう俺はお前のなんでもねえんだから」

やっと振り返ったかと思えば十四郎の目は私を睨んでいた。勝手にしろよと言いたげで、私がそうさせたくせにそんな目で見ないで欲しいと勝手ながら思ってしまう。じゃあどうしたらいい、どうしたら十四郎は私をそんな目で見ないの。抱かれてる時は幸せだった、十四郎の切なそうな快楽に溺れる目に映る自分が確かこの世界で一番幸せだった。

「大人しく帰れよ」

そう言って帰ろうとする十四郎。もう今更、しかもあんなことを言っといて引き止められるわけない。もうまたなとは言ってもらえない。すれ違う瞬間、一瞬だけ十四郎と目が合った。その目は先ほどの嫌悪むき出しとは違い以前何度か見たことのある目だった。

「は、」

「あっ」

咄嗟に出てしまった手。驚いたような顔の十四郎が足を止める。何も言葉なんて用意していなかった。ただ、帰らないで欲しくて、もう二度と会話ができないかもと思ったら居ても立っても居られなくて。

「俺に間男になれってか」

「…違う」

「じゃあなんだよ。仲良く茶を飲む関係でもねえだろう」

離せと言う十四郎。離したくない私。もう、どうしようもなかった。言わないはずだった、言うつもりなんてなかった。

「別れたくなんか、なかった」

「今更だろそれ」

「じゃあもう放っておいてよ」

「…心配くらいさせろよ」

「それが辛いの」

「じゃあ、」

泣いた私を十四郎が抱き寄せた。もう二度と抱きしめられることなんてないと思っていた。馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。私も十四郎もどっちも馬鹿だ。

「万事屋に抱かれてんじゃねえよ、馬鹿じゃねえの」

「ごめっ、」

「謝られると余計腹立つ」

はあーと深く息を吐いた十四郎が私の頭に顔を埋めた。汗かいてないかなとか、臭くないかな、とか。

「悪い、やっぱ別れてやれねえわ」

その言葉に私は嗚咽しながら泣いた。