“今から行きやす”
“まだスーパー”
“どこの”
“駅の裏”
“りょ”
「…りょ?」
沖田くんからの連絡は時たま理解できない。
私たちは晴れてお試しで付き合うことになった。物は試しっていうし、なんかもう引っ込みつかなくなっちゃったし。どうせ沖田くんはそのうち私に飽きて同世代の子と付き合ってそのままゴールインすると思うんだよね。じゃあそれまで、私も今ちょうど彼氏はいなかったしお試しで付き合ってみてしまおうかって。私もなにしてんだかって思うけど、なんとなく流されてヤっちゃった手前どうしようもなかったのだ。
お会計を済ましてカゴの中身を袋に詰めていると後ろから肩を叩かれた。はいはい沖田くんでしょどうせと振り返れば目潰しをされて悲鳴が上がった。
「は?なに?なにしてんの?」
まさかね、まさかこの歳で目潰し食らうとは思ってなかったよ。辛うじて目を瞑ったからよかったものの、私の眼球に圧がかかったことには変わりない。失明したらどうしてくれるの?てかなにしてんの本当に。は?は?とテンパる私をよそに沖田くんはヒャッヒャッと不気味な笑い方をしていた。なにがそんなに可笑しいのだ。
「はー、面白ぇ顔」
ひとしきり笑った沖田くん。パンパンになった袋をさっと持ち行くかと歩き出した。なんだろう、やっぱり10歳ってすごい差だと思うんだ。わたしには目潰しをしようと思う思考とか、全然分からないもの。
「持ってくれるの?ありがとう」
「あそこの電柱で交代な」
「…ああ、そう」
家に向かいながら夕飯どうする?と聞いてみた。今日は忙しくて食べていけないらしい。そう、仕事頑張ってねと返せば沖田くんはニヤッとした。
「なにニヤついてるの?」
「んにゃ、俺と食いたかったんだろうなぁと思ってねィ」
「はい?」
「こんなに買い込んで…悪ィーな、ちょっと抜けれそうもねぇんでさァ今日は」
「別にたまたま広告の品が多かったから」
「へぇ。プリン2個も買って?」
「今日のデザートと明日のデザート」
「俺と食おうと思ったくせに」
すごい自信家だ。はいはい、と返してふいっと顔を反らした。まあその通りなんだけど。沖田くんと食べたかったっていうか、だってここ最近しょっちゅううちに来るし自分の分だけ買うなんて露骨に性格悪くない?荷物を持ってもらって空いた右手が沖田くんの左手に触れた。意識してると思われたくなくてそのままの距離で歩けばちょこちょこ指先が触れる。視線を感じて沖田くんをちらりと見上げてみれば目が合って、驚いた。なんでこっち見てるの。
「なに」
「手ぇ、繋ぎたいんですかィ?」
「え?」
「さっきからちょいちょい触ってくるから」
「ちがっ、」
そういう意味じゃない。ただなんか、触れたからって距離を取ったりしたら変に意識してると思われるかなって。それだけなのに。沖田くんは指先で遊ぶように私の指を取って絡ませてから手を握った。最中以外で初めて沖田くんと手を繋いでいる。
「いいよ、本当に」
「なんで」
「手繋ぐとか、そんな若くない」
「じゃあ介護だとでも思っときなせぇーよ」
「まだそこまで老いぼれてない」
「へーへー」
ぎゅっと握りしめてくる手のひらはゴツゴツしている。こんな中性的な顔してるくせに身体は筋肉質だし…周りから見たら恋人に見えるんだろうか。仲のいい姉弟に見えたりしてるんじゃないの?いや、この歳で手を繋ぐほど仲の良い姉弟っているの?恥ずかしくて、でも恥ずかしいと思ってることを知られたくなくて凛とした表情を繕った。繕ってる時点で負けてる気しかしないけど。
「あ、今日飯は食えねーけどなまえサンは食ってっていい?」
「…言ってる意味がよく分からない」
「ご飯食べる時間はねぇーけどヤっていい?」
「言葉の意味がわからないってことじゃないよ、やめてよそういうこと外で言うの」
「じゃあ家着いて聞けばいいんで?」
「そういう意味じゃなくって…」
性欲なら女買えば済むとかなんとか言ったくせに。ヤりたいだけかこのやろう。手を繋いでちょっと、ほんのちょっとだけど心臓ふわふわさせた私が馬鹿みたいじゃないか。繋いでいる手を離そうとすれば力を込められた。もはやこれは手を繋ぐっていうより握力で潰されているような気分だ。
「痛いんだけど」
「そっちが離そうとするからだろィ」
「そっちが盛ってるからでしょ」
「そりゃ盛りたくもならァ」
だってなまえサンに触れてるんですぜ
なんて言ってくれちゃうからきっと私は許してしまうのだ。どこでそういう言葉覚えてるんだろう。こないだまで素人童貞だったくせに。家に着いて買ってきたものを冷蔵庫に入れていたら下腹部に嫌な感じがした。あっそういえばそろそろー…慌ててトイレに駆け込む。あーあやっぱり。
「慌ててどうしたんでさァ、うんこか?」
トイレから出て手を洗っていると沖田くんがやってきて腹でも下したんで?と聞いてきた。デリカシーって知ってる?仮にもし本当にお腹を下してたとしてもレディー相手に確認しないでしょうよ。
「違うよ、アレ」
「あれ?」
「そう、アレ。だから一週間くらいできない」
わざわざ荷物持ちしてもらったのにごめんね。もう帰っていいよ?と言えば沖田くんは「はあ?」と勝手にうちに持ち込んだファミコンをテレビに繋ぎだした。当たり前のように私物を持ち込むのやめてくれる?
「なにしてるの」
「ゲーム」
「帰らないの?」
「まだ時間ありやすし」
「えっちできないよ」
「そんなにヤりてぇーんですかィ」
はあ?
呆れたような口調で言う沖田くんはこちらを見ない。ほら、落胆してるんでしょ生理になんかなったから。ヤりたいのかってそれはこっちの台詞でしょ。ムッとして冷蔵庫からプリンを取り出した。
「あ、俺にもくだせぇーよ」
「嫌だよ」
「ケチ。太りやすぜ」
「プリン一つで太らないよ」
ヤれなきゃ意味ないってか?別にそれでもいいって言ったけどさ、言ったけどさ…そうじゃないって言ったのはそっちじゃないか。なんだこれ。なんだこれ!
「なにふててんでさァ。可愛くねぇ」
「可愛くないなんてそんなこと私が1番知ってる」
もう帰ればいいのに。プリンのゴミをゴミ箱に捨てて夕飯の支度に取り掛かろうとすれば沖田くんが明日はどっかに食べ行きやしょうと言ってきた。はい?
「生理だってば」
「生理でも飯は食うだろィ」
「そうじゃなくて…」
「アンタ、俺の身体目当てですかィ?」
やーだいやらしい〜と言い出した沖田くんに胃がムカムカした。それ以上言い返すのも馬鹿らしくて無視を決め込む。すると後ろから肩を叩かれて、次は目潰しされてたまるかと声だけ返事した。
「なに」
「別にヤるためだけに会ってるわけじゃねぇーでしょうよ」
「でもしたいって言ってたじゃんさっき」
「そりゃヤりたいかヤりたくないかだったらシたいに決まってらァ」
アンタだって本当は分かってるくせにと言って私の首筋に顔を埋めた沖田くんは「ヤりてぇーだけならこの場で抜いてもらってらァ」と言った。じゃあ抜こうか?と聞けば品のねぇー女とキスをされた。抜くくらい別にどうってことないのに沖田くんは業務的になるんじゃねぇーよと断った。
「ところで“りょ”ってなに?」
「知らねぇーんで?了解の略でさァ」
ドヤ顔の沖田くんに知るかと返した。