「先にシャワー浴びなせぇよ。臭ぇから」
ホテルの入り口から私たちは黙ったままタッチパネルで部屋を選んでフロントの人から鍵を貰った。フロントの人は私たちの重々しい雰囲気なんかちっとも気にしていなかった。さすがっていうか、なんというか。無言でエレベーターに乗って無言で部屋に入った。そして冒頭の言葉。ああ、傷つけちゃったなって思ったら私は黙って従うしかなかった。うんともすんとも言わず丸見えのお風呂場へと向かう。沖田くんのことが嫌なわけじゃない。沖田くんとするのだってちっとも嫌じゃない。だからって、こんな短期間で10歳の差をどうとも思わないほど沖田くんを好きだとも思えていない。沖田くんだってそうでしょう。ただ初めての人だからってだけで、それだけでしょう。恥じらいもなく服を脱いでシャワーを浴びた。部屋から丸見えの浴室は浴室からも部屋がよく見えた。沖田くんは私がシャワーを浴びている間ベッドに横たわってAVを観ていた。ほっんとあの神経が羨ましい。
「沖田くんもシャワー浴びれば」
「…なに怒ってんで?」
別に怒ってるつもりはなかったけれど、沖田くんがそんなことを言う。なにに怒ってるって、別に怒ってないよ。むしろ怒ってるのはそっちじゃない。なにが?と返して部屋備え付けの冷蔵庫から無料と表示されているお水を取り出した。沖田くんも早くシャワー浴びなよ。
「こっち見なせェーよ」
「なんで?」
「ほら、怒ってんじゃねぇか」
別に本当に怒ってないのに。わざわざそっちを向きたくなかっただけなのに。怒ってないって言ってるのにしつこいから、イラっとした。今の沖田くんの発言でお望み通り怒ったよ。満足?
「怒ってないってば」
「じゃあなんで背中向けんでさァ」
「今水取ってたでしょ?」
「俺が無理矢理連れてきたからですかィ」
「は?」
「強引にヤろうとするからですかィ」
今更なに言ってんの?って振り返れば沖田くんが柄にもなく真剣な顔をしていた。私の知っている沖田くんじゃない。こんなの、ずるい。
「セフレになるよって言ったら、丸く収まるの?」
沖田くんはさ、どうしたいの?性欲をどうにかしたいの?ご飯を食べる相手が欲しいの?お小遣いが欲しいの?
グッと拳を作ったのが見えた。冷静であろうとしているのにもしかしてなんて思ってしまう。私の中で沖田くんの言う付き合っちゃえばいいは軽すぎるのだ。私がうっかり本気になった時、沖田くんはどう思うんだろう。もうよくわからない。ヤりたいなら時間が合えば極力ヤるからさ。私だって性欲はあるんだし。まあ、確実に淫行に当てはまると思うんだけど。
「はっ、馬鹿にしてらァ」
声は異様に明るいのに、顔だって笑ってるのに目が泣いているように見えたから。伸ばしてしまったのだ、手を。
柔らかい頬に触れてさらさらの髪に触れて、頬を包んだ手のひらに力を込めた。これはなんだろう、母性?
「言っとくけどな」
「うん」
「ヤるだけなら女買やぁできるんですぜ」
「うん」
「初めてっつったって別に女が初めてなわけじゃありやせん」
「え?そうなの?」
「…そこもうんって聞きなせぇよ、くそばばあ」
「ばばあって言うならそんな顔しないでくれる?勘違いしたらどうするの」
あ、やっと目が合った。大きな目をこちらに向けて沖田くんはただでさえ大きな目をより一層大きくさせた。
「は、なんでアンタが泣いてるんでさァ」
「…なんでだろう。沖田くんの初めてが私じゃなかったからかな」
「馬鹿言ってらァ。なら笑いなせぇーよ、良かったって」
「ね。私もそう思うよ」
キスするなら歯磨いてからにしてね、ゲロ吐いたんだから。おでこをくっつけて抱きしめ合ってしまった。ほら、どうするの。うっかりして明日また私頭抱えちゃうよ。どうしてくれる?
「女抱くって時にAV観て時間潰すのやめなよ、あっちから丸見え」
「そりゃさーせん。でもアンタのシャワーシーンなんか見てたら一人でやっちゃいそうだったんでねィ」
「…口説き文句にしては下品すぎるね」
「じゃあなんて言って欲しいんですかィ」
うんそうだなあ。とりあえず、沖田くんの気持ちちゃんと言葉で聞いてみたいかな。
「なまえサンは言わねぇのに?」
「言うかも知れないよ」
「いいや、アンタは言わねぇーよ」
だってアンタ、ヤってる時しか素直にならねぇーんだもん
そう言って沖田くんは私の腰を撫でた。ヤってる時、私はなにを口走っていたんだろう。もう思い出せないからもう一度最初からヤってみてくれる?