結局、あの日公園で話をした沖田くんはなかったことになんてしてくれなかった。そして焼肉が食べたいという沖田くんのご希望で今夜は何がめでたいのか全くわからないけれど高級焼肉店で待ち合わせになってしまった。泣いている、私の財布が泣いている。

「あー待ちやした?」

約束の時間を5分過ぎてやって来た沖田くんは何故か初めて見る黒服だった。え、スーツ?着流しでしか会っていなかったからなんだか少しだけ大人っぽく見える。

「どうして今日はそんな格好してるの?」

「どうしてって、こりゃ隊服ですぜ?」

「隊服?」

「そ。まあ要するに真選組の衣装的な」

ああなるほど、制服か。対面に座った沖田くんに先に飲み物だけ注文したことを伝えれば私のグラスを手にして酒じゃないとブー垂れた。

「今日はアルコール無しなの」

「なんで」

「なんでって、」

三日前とと同じ過ちを繰り返さないためだよ当たり前でしょうが。財布的扱いでも都合のいい女でもなんでもいいから早く私に飽きてくれって感じなのだ。未成年のくせに真顔で日本酒を注文した沖田くんはメニューを手に何食いやす?と聞いてきた。

「なんでもいいよ」

「じゃあお任せってことで」

すいやせーんと店員さんを呼び何を注文するのか様子を伺っていれば聞こえてくるのは全て特上がつくものだった。ちょっと待って沖田くん、それって1番高いやつじゃない?ハラハラしながらこっそり机の下で財布を確認する。足りる?足りるよね?三万持ってきたもん、足りなきゃ困るよ。常日頃倹約してる私からしたら特上を注文するなんて思いもしなかった。財布でもいいとか思ってたけどそれは撤回しよう。私じゃ沖田くんの財布には役不足らしい。次々と運ばれてくるお肉はどれもこれも美味しそうなのにお会計ばかり気になって箸が進まなかった。そんな私に沖田くんは「ダイエットでもしてんですかィ」と言った。おかげさまで痩せそうです。

「ふぅー、食った食った」

もう腹一杯でさァと沖田くんが頬を染めて言う。空いたお皿の数に私は苦笑いを返した。そりゃこんだけ食って飲んだら一杯になるでしょうよ。若いってすごいな、こんなに食べるんだ。じゃあそろそろ帰ろうかと伝票へ手を伸ばしたとき、デザートにアイスでも食べやせん?とメニューを渡された。

「え、まだ食べるの?」

「デザートは別腹って言うだろィ」

「あっ、うん、そう、かな?」

本当によく食べるらしい。いいよ好きなだけ食べてくれ、もうこっちとらみてるだけで胃もたれしてきちゃったよって感じで私は大丈夫と笑顔を返せば沖田くんの眉が少しだけ動く。

「これじゃあ一人で食ってるようなもんじゃねぇか」

つっまんねェーと私から雑にメニューを取り上げ伝票をかっさらう様に持ってレジへと向かってしまった。その後を私も慌てて追いかける。待って、と言っても全然聞いてくれなくてお会計もお金を出したら押し返されてしまった。しかも舌打ち付きで。またのお越しを〜なんていうテンプレな挨拶に急かされてでもいるのかってくらい早足で店を出てしまった沖田くん。くしゃっと少しシワの寄ったお札を握りながら私も店を出た。するともう沖田くんは店先に居らず歩き出しているではないか。これは追いかけた方がいいの?それとも帰っていいの?なんでそんなに怒ってるんだか分からないけどこれはこれで好都合じゃないかって…。帰ってしまおう。くそ女って思われてもいいからこれで関係を終わらせてもらえたら万々歳だ。沖田くんが歩いている方向とは反対方向に歩き出して、足を止めた。そういえば私烏龍茶代払ってなくない?三杯も飲んだのに。くるりと振り返って沖田くんを追っかけることにした。年下に奢られるなんて真っ平御免だ。

「待って、待って沖田くん」

走って走って、手を伸ばす。捕まえたと袖を掴んだ瞬間、腕を引っ張られて転びそうになった。

「追っかけて来なかったらどうしてやろうかと思ってたところでさァ」

どんっとぶつかって、ぎゅっと背に回された腕に抱きしめられた。え?といまいち飲み込めない状況の中、沖田くんすごい酒臭いなって。イモ焼酎飲んでたもんなあ。

「ちょ、沖田くん、離してもらえる?」

「掴んできたのはそっちだろィ」

「転びそうだっただけ」

「勢いよく胸に飛び込んできたくせによく言いやすねィ」

「それはそっちが引っ張ったから!」

「そっちが切なそうに沖田くぅんなんて呼ぶからだろィ」

「切なそうって…」

違うよ、走ったら息が上がっただけだよ。ぎゅうっとさらに力を込められて抱きしめられてるっていうより締め上げられてるって感じだ。苦しい、ふつうに息苦しい。

「いやほんと、に」

苦しいの、と腕から出ようとすればもっと力を込められた。窒息するよ勘弁して。

「沖田く、くるしっ」

抱きしめられている本人は苦しくて早く離して欲しいのに遠巻きに見てる人たちの方から黄色い声が聞こえた。私もイケメンに抱きしめられたぁいなんて聞こえた。そんなら代わってくれよ、肋骨が折られそうだよ。

「沖田くんってば、ほんとくるし、から」

痛いよ、と絞り出すような声で訴えかければ沖田くんがボソリと何か言葉を発した。声が小さすぎて聞こえたなかった。

「え?なに?」

「全然食った気しねぇって言ってんでさァ」

「は?あんだけ食べといて?」

「アンタ食わねぇしつまんなそうにしてんし」

え?と見上げた沖田くんは私を見下ろしていた。ぱちりと目が合って、あまりにも綺麗な目に引きずり込まれてしまいそうだななんて。

「沖田くん…?」

本当に綺麗な顔してるなあって。こんな子から好意を持たれて嫌な気はしない。10歳も年下じゃなければ、未成年じゃなければ、こんな奇跡的な出来事絶対に手放さないのに。私の人生できっと後にも先にも沖田くん以上の人なんて現れないし現れたとしても私なんて眼中にないだろうし…。

「沖田くんあのね、」

沖田くんだからとか沖田くんがとかじゃなくて、私の年齢的な問題で沖田くんにはなんの問題もないんだけどって。初めてを食い物にしてしまって本当に申し訳ないんだけれど。ごめんねって言おうとした時だった。うっ、と突然青白い顔になった沖田くん。

「やべぇ、意地張って食いすぎやした」

「えっ?ええ?」

ぐっと肩を押されて引き離されたかと思ったら目の前でゲロをぶちまけられました。おぇええええと嘔吐する沖田くん。びちゃびちゃびちゃと下品かつ不快な音がよく聞こえて、そして足に跳ねていた。ちょっと待って、ここで吐く?ここで吐いちゃうの?滝のように流れ出てくるそれに言葉が出ない。あ、あっ、ああ…

「…ふぅー。こんだけ出しゃー大丈夫そうでさァ」

「なにが」

スッキリした顔の沖田くんとげっそりしている私。てかくっさ、ゲロくっさ。

「汚れちまったし臭ぇしとりあえずそこ寄ってきやしょう」

そう言って指さされたのは煌びやかな装飾を施されているお洒落なラブホテルだった。

「やだよ、どんな神経してるの?」

「なんもしやせんって。寄るだけ寄るだけ」

「嫌です!もうシないっていうか、こないだのことも忘れて欲しいのに」

「忘れる?馬鹿言ってらァ」

一生忘れるわけねぇだろィ初めての女なんざ
そう言って私の手首をがっちりホールドした沖田くんは私を引きずるように引っ張りホテルへと向かった。嫌だってば、と言っても沖田くんはうるせぇぞゲロ女と言っていた。誰のせいでゲロくっつけて歩いてると思ってるのクソガキ。

「沖田くんなら他にもいるでしょ、こういうところに来てくれる女の子」

「生憎出会いがなくてねィ」

「なら紹介するし」

だからお願い私じゃなくてもいいでしょ、と腕を振るって離そうとすれば沖田くんが振り返った。その顔に私は騒がしく動かしていた口を止めた。

「アンタ、自分がどんだけひでぇこと言ってるか分かってやす?」

そんな顔でそんなこと言わないで欲しい。罪悪感で息が苦しくなる。