家まで迎えに行くと言ってくれた沖田くんには申し訳ないがそれは丁寧に断った。10代の幼気な少年をたぶらかしたなんて噂がご近所に立ったら困る。待ち合わせ場所はどうしやすかって聞いてくるもんだから私は人気のない公園を提案した。沖田くんはそこ夜景は綺麗かと気にしていた。夜景なんて全く見えないけれどめんどくさかったので適当に返事をした。その結果今目の前で沖田くんはだいぶ不貞腐れている。

「そんなに夜景見たかったの?」

「別にー」

「じゃあ機嫌直してさ、ほら、何か話があったんでしょ?」

キーコキーコと錆びたブランコを揺らしながら沖田くんはポッケに手を入れて明後日の方向を見ている。それを私はほーらこっちむいてごらーんとご機嫌とりをしていた。かれこれ15分は経ったであろうこのやり取りに少々…いやだいぶ疲れを感じてきたのだった。

「じゃ、じゃあ次は沖田くんの行きたいところ行こう!ね?そうしよう?」

次ってなんだ次って。また会うのか私はこの子と。なんで?なんのために?できることなら次はない方がいい。もうなかったことにして関係を絶ってしまいたいと思っているのに。すると沖田くんは次?とこちらへ化粧をしている私よりも大きくきらきらの目を向けた。あまりにも綺麗な目に一瞬どきりとして狼狽えてしまう。

「次があるんですねィ。てっきり俺ァなまえサンから示談金でも渡されるかと思ってやした」

「そ、んなこと」

しないよと言いつつバッグの持ち手に力がこもる。ここへ来る途中ATMで下ろした20万を頭に思い浮かべてこの子には読心術でも備わっているのかとハラハラした。

「なまえサンもブランコ乗ったらどうです」

「なまえさんはいい大人だからブランコには乗らないかなあ」

「ブランコ乗んのに年齢関係ありやす?」

「対象年齢はきっと20才までだよ」

「…てかなまえサンっていくつなんで?」

「え」

この子、私の年齢を知らないの…?
それなら少し、ほんの少しだけど納得できた。もしかして二つ三つし関わらないと思ってるんじゃない?はははは、こりゃ勝機が見えた。沖田くんの隣のブランコに座り、キーコキーコ揺れながら「28才だよ」と渾身の笑顔を向けてやった。ほーら沖田くん。予想より遥かに上で驚いたでしょ。

「へー、見えやせんね」

「…ん?」

「俺より10上なんだねィ」

「ああ、うん、そう、10」

沖田くんはへーと言ったっきり別段言葉を発しなかった。思っていた反応と違って困る。10ってあれだよ?沖田くんが30になった時40だし40になった時は50になるんだよ?わかってる?
無言を破ったのは沖田くんだった。

「じゃあ付き合った人とかいるんでしょうねィ」

「…は?」

「まァ、処女じゃねぇだろうなとは思ったけど」

「え?なに?しょ、」

「あ、俺ァあの日が初めてだったんで、そこんところどうぞよろしく覚えといてくだせェ」

「ええっ?!」

えっ、えっ、ええ??
あの日って、もしかして私とした日のことだったりする、よね?驚きすぎてガタガタっと音を立て派手にブランコから落ちた私を見て沖田くんは腹を抱えて笑っていた。ダッセェと言いながら立ち上がり、手をつき無様な格好をした私の目の前に立つ。

「ほら、大丈夫ですかィ?鈍臭いなァ、アンタ」

差し出された手のひらは大きくて指は骨ばっていて、顔は幼く中性的なのに手のひらは全然男の子なんだなあって…
人気のない公園は暗くて、商店街の方や歌舞伎町じゃ比べ物にならないくらい静かで空が澄んでいる。見上げた沖田くんの後ろには空いっぱいに星がよく見えた。それが驚くほど綺麗で絵になって私は時が止まった気さえした。止まるわけないけど。

「どうしたんでさァ、アホヅラさらして黙りこんじまって」

ていっとチョップをされてハッとする。私いま、沖田くんに見惚れてた?
差し出されている手を取っていいのか迷って少しだけ浮かせた手のひらが宙ぶらりんになった。この手を取ったらもう、この子をあっち行けしっしって追いやることはできないんじゃないかって。なのに手はゆっくり、でも確実に沖田くんの手のひらへと向かっていた。そしてついにそっと重なって、沖田くんがぎゅっと握り引っ張り上げる。

「今なまえサン俺に見惚れてだろィ」

ふっと嘲笑うように言った沖田くんに心臓が大きく跳ねた。