「で?どうだったのなまえちゃん」
にっこにこと笑顔でこちらを向いている妙ちゃんの目を見たら最後、私は終わってしまうだろう。すっと視線を90度横へずらす。すると妙ちゃんは私の頭を掴んでぐるりと首を回した。痛いよ妙ちゃん、普通は友達にそういうことあまりしないんだよ。
「もう一度聞くわね、どうだったの?」
「な、にがかなあって…」
「なにがって、一つしかないでしょう?」
「…昨日の夕飯の話?カレー食べたよ」
「んなわけあるかい、この酒乱が!!!」
「ちがっ、酒乱って、そんなの妙ちゃんに比べたら可愛いもんだしそれに、」
「沖田さんとホテルに行ったそうじゃない、したの?」
「妙ちゃんの口からそういう言葉聞きたくないなあ…」
妙ちゃんに呼び出された時から分かっていた。百パーセント昨日の出来事を聞かれること、分かっていた。だから予定あるから今日は無理って断ったのに妙ちゃんはもう私の家の前に来ていたのだ。インターホンが鳴って出てみれば妙ちゃんはニコニコしながら立っていた。そして「なに嘘こいてんだてめえ」と言った。笑顔でだ。そんなの怖くて謝るしかないじゃないか。即座に謝った、嘘だよごめんね妙ちゃんからのお誘いより大事な予定なんてないよごめんねだからお願いもううちのドアノブ壊すのやめて。
「まあ私たちはお店でてく時からそうなるだろうなとは思ってたけど、どうするの?年下は嫌なんじゃなかった?」
出したお茶をありがとうと啜って妙ちゃんが困ったような顔をした。
「あのね、妙ちゃん、淫行って知ってる?」
「知ってるけど…ああ!」
妙ちゃんはそこでやっと面白半分で楽しめる恋バナじゃないってことに気づいてくれたらしい。途端に汚いものを見るような目で私を見て「逮捕されちゃうのかしら」と呟いた。やめて妙ちゃん、私もそのことを一日中考えてたよ。
「でも、合意の下だしさ…」
「あれって合意だとか合意じゃないだとか、そういうの関係なかったんじゃないかしら」
「だよねえ…2回目は私が襲われたようなもんだけど私が悪くなるよねえ」
「…二回もしたの?」
あっ、と気づいた時には妙ちゃんは携帯を取り出し「110番、110番」と繰り返していた。全力で携帯を取り上げた。
「進んでしたわけじゃないよ!」
「でもしちゃったんでしょう?」
「そう、だけど…」
ため息しかでやしない。深いため息を吐いて自首した方がいいかなと呟けば妙ちゃんは「沖田さんはなんて?」と言った。そこも問題なんだよね…
「付き合っちゃえばいいって」
どうかしてるよね彼も、と付け足せば妙ちゃんはパァと表情を明るくしてうきうきと弾むような声で「いいじゃないそれ!」と身を乗り出した。
「へ?」
「付き合っちゃえばいいのよ。だって交際している場合は当てはまらないでしょう?」
「いや、でも、私とあの子10歳違うんだよ?」
「あら、私となまえちゃんだって10歳違うわ」
「それとこれとは話が違うじゃん。私と妙ちゃんは友達だし、友達に年齢とかって関係ないし」
「付き合うのだって年齢なんか関係ないじゃない」
「関係あるよそれは。だって10個下って…」
昨日の別れ際、沖田くんの言っていたことを思い返してみた。試しに付き合ってみればいいじゃねぇーですかィって言ってたよなあ彼。こんなおばさんと付き合ってあの子になんのメリットがあるんだろうか。あれだけの美青年だったら女の子が放っておかないだろうに。
「お金目当てかな」
「きっと沖田さんの方が稼ぎいいわよ」
「じゃあ体目的?」
「そんなにいい身体してるの?」
…沖田くんはなにを考えてあんなことを言ったんだろうか。うーんと首を捻っていれば机の上で携帯が鳴った。浮かび上がる知らない番号を不審に思いながら妙ちゃんに断りを入れて電話に出てみる。はい、もしもしどちら様?
『あ、起きてやした?』
「ひっ!」
声を聞いて驚いて反射的に切ってしまった通話。目の前の妙ちゃんはにこにこしながら「沖田さん?」なんて言っていた。私は食い気味で否定する。
「違う違う、なんか間違え電話だったみたい、本当に」
「沖田さんだったんでしょう?あからさまに慌てちゃって、分かりやすいわね」
「違うって。沖田くんが私の番号知ってるなんてあり得ないし」
「あら、どうして?さっきゴリ、近藤さんに聞かれたから教えといたわよ」
「…え?」
「なまえちゃんの番号」
にこにこしている妙ちゃんにふざけんなとは言えずもう一度鳴った着信には深呼吸してから出た。
『なに切ってんでさァ、条例違反で逮捕されてぇーんで?』
夜少し会いやしょうと言う沖田くんはその直後低い声で断ったら近藤さんに遊ばれたって泣きついてやると脅してきた。私の方が恐喝で訴えてやりたい。