「まだですかィ」
「まだだってば。10秒おきに聞くのやめてくれる?終わるものも終わらないよ」
本来、私の身分ならば自宅で祝言を上げるだけのはずだった。しかし相手が幕府関係者となれば話は別で…。大きな会場を貸し切り、親族だけでなく上司や同僚友達などなど、そりゃもうこれでもかってくらい人を呼ぶ羽目になった。ほとんどが総悟くん側の来賓だけれど。
よくお似合いですね、と着付けの人が鏡ごしに微笑んでくれた。照れながらお礼を言う。そして新郎様をお連れして来ますねと言いドアを開けてくれた。そこには紋付袴姿の総悟くんが立っていて、待ちくたびれたと文句を垂れている。
「文句を言う前に私に言いたいことない?」
頭のてっぺんから足の先までじろーっと見て総悟くんがシレッと言った。“重そう”
「他には」
「白が眩しい」
「他」
「化粧がいつもより濃いい」
「次」
「花臭ェ」
「…そろそろ怒るよ」
「他の野郎に見せんの勿体ねぇ」
ふんっとそっぽを向いて言った総悟くんが愛しい。愛しくて仕方ない。へへっと笑った私にニヤニヤすんと化粧が小じわに入り込むぞなんて言ってくれた。にゃろう、やんのか。
「なんか本当にトントン拍子に事が進みすぎてまだ実感わかない」
道端でボロボロ泣いた日から3ヶ月後、私は白無垢姿で総悟くんは紋付袴姿になっている。三週間前に私の荷物が屯所近くの長屋に運ばれて一週間前からそこで暮らすことになった。真選組初めての所帯持ちが最年少の総悟くんになって、私は30歳を前に人妻になる。一年前にはそんな未来全く想像していなかったのに。
「頬つねってやりやしょうか、本気で」
「だめ、化粧が崩れちゃう」
沖田くん呼びだったのが総悟くんになってなまえサンと呼ばれていたのがなまえになった。しかも来年の夏にはもう一人家族が増える予定だ。
そろそろ新婦様よろしいでしょうかと係りの人がやってくる。総悟くんが私の手を取った。
「新婦様だって」
「そりゃ新婦様だろィ」
「今日から私沖田になるんだね」
「こないだ届け出した時から沖田なまえだけどなァ」
「そうだけどさー。もう、茶化さないでよ」
「茶化してねぇーよちっとも」
俺ァずっとこの日を待ってたんだからな、と言った総悟くんが私の手を強く握った。
「なまえこそ俺に何か言いてぇーことありやせん?」
「え?袴姿かっこいいよ」
「俺ァ何着ても似合うんでさァ、元がいいからな」
「じゃあ何言って欲しいの」
「好きって聞いたことありやせんぜ」
「え?言ったことなかったっけ」
「ねぇーだろィ。いつもはぐらかしやがる」
こんな日くらい言っといてもバチ当たりやせんぜって言うから好きだよと言えば総悟くんは耳まで赤くした。
「なんで照れてるの?言って欲しいって言ったのは総悟くんなのに」
「お預け食らい過ぎて破壊力が増してたんでィ」
やっと俺のもの、と嬉しそうにはにかむから私も照れた。今更言葉にしなくても伝わってるものだと思っていたけれどこれからはちょこちょこ言葉にしようと思う。大きなドアの前で足を止めた。中から新郎新婦のご入場ですとアナウンスが入ってドアが開かれる。
「総悟くん、私を口説き落としてくれてありがとうね」
老後はよろしくお願いしますと言えば総悟くんはぎゅっと手を握ってくれた。その横顔は10歳下とは思えないほどかっこよくて頼りになる男の顔だった。