「山崎さんは沖田くんのお姉さんをご存知ですか?」

「え?ああうん」

「私と似てますか」

「…似てないよ、似てない」

でも髪を切ったら少し雰囲気は似てるかも知れないと言った山崎さんは困ったように笑ってくれた。どうしてそんなことを聞くんだとか、何かあったのかとかは言わなかった。私が聞いたことにだけ答えてくれて、それ以上はなにも触れてこなかった。

「髪の毛、染めたんです」

「うん、似合ってると思うよ」

「地毛なんです。私元々結構黒いんですよ、髪」

十四郎の前では泣いたのに、山崎さんの前では泣けなかった。ああそうか、もう泣けないのか。泣く権利もないのか。
グラデーションのように綺麗な夕焼けさえもが、私を責めているように感じた。


しばらく音沙汰無かった十四郎が突然家にやって来た。連絡をなしにやってくることは今までも度々あったが、こんな陽が沈んでから、夜更けに来ることはなかった。だから嫌な予感がした。だからなんだか顔を見た瞬間から気管が狭く感じた。

「総悟の姉貴が死んだ」

無表情でやって来たかと思えば、今度は情けないくらい顔を歪めて言った。それに対して私はなんて返せばいいか分からなかった。総悟が沖田くんを指すことは分かった。だけど沖田くんのお姉さんを私は知らない。突然やって来て、会ったことのない人が死んだと聞かされた時、どういった対応をするべきなのか私には分からなかった。何故、十四郎が私にそのことを知らせに来たのかも分からなかった。なのに、気付いたら泣いてた。十四郎じゃない、私が泣いてたのだ。

「なんでてめえが泣くんだよ」

知らないよ分からないよ。どうして私が泣いてるんだろう。

「会ったことあったのか?」

ううん、ないよ。写真すら見たことないよ。

「…そうか」

うん、そうだよ。なのに涙が止まらないんだよ。
開けっ放しの玄関から見える夜空は星が綺麗で、皮肉だと思った。ぐしゃぐしゃな顔して、しかもこんな時間だ、勿論よれよれのTシャツに毛玉だらけのハーフパンツという色気もクソも無い部屋着で泣いている。そんな私とは違い空は澄んでいる。皮肉だ。
悪い、変なところ見せたなと言った十四郎に頷いてあげることしかできない。俯き声を押し殺し泣く私に大丈夫かと聞いた十四郎はどんな気持ちなのだろう。
しばらくして私が落ち着きを取り戻した時にはもうドアは閉まっていて、2人で狭い玄関に腰を下ろしていた。

「悪かったな、こんな時間に」

「…ううん、大丈夫。逆にごめんね」

いや、と呟くように落とした十四郎はそのまま黙ってしまった。私もそれ以上言葉を続けられなくて無言が広がる。重く痛いくらいの無言に、私は耐え切れなかった。胸が苦しくて、自分勝手だと分かりつつも「沖田くんのお姉さんってどんな人?」と言葉を紡いだ。

「世話焼きで自分より他人って感じだったな」

「うん」

「総悟とは…似てるようで似てねえ」

「ん」

「身体、強くねえのに辛党で」

「うん…」

「でもまあ、いつも笑ってる奴」

だった、と言わなかった十四郎に私は酸素を奪われた気がした。そこで思い知らされた。この人に私は映らない。この人は私を見てるようで見てない。
痛む頭の中で、いつだかの沖田くんの声が聞こえた。"よく似てらァ"と私の髪を触った沖田くんの言いたかったことはきっとー…

「ねえ十四郎」

「…ああ?」

「私がー…」

押し付けた唇、止まった呼吸。
見開かれた十四郎の瞳孔には私じゃない私が映って見えた。きっと私の唇は震えていたし、十四郎は拒もうとしていた。それでも押し返されなかったのは私が流した涙のせいか、それともそれほどまでにいっぱいいっぱいだった十四郎の弱さか。
崩壊する純情


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