「よう」

「…隣来るのやめてよ、食欲失せる」

「お前なぁ。一回食ってみろって土方スペシャル、美味えぞ」

「いい、大丈夫、間に合ってるから」

実は行きつけの定食屋が同じだったと知ったのは、十四郎を知ってからすぐのことだった。そして十四郎が重度のマヨラーだと知ったのもその時だった。十四郎は頭の回転が早くて会話のテンポも良い、話をしていて楽しい。だから初めこそ隣でズルズルとマヨ丼をすすられても何も言わなかったが、これが親しくなればなるほど腹が立った。段々マヨ丼に対してクレームを入れたくなり、オブラートに否定してみたりもしたが効果はなかった。十四郎は本気でマヨネーズこそオールマイティー調味料だと思っていて、私にもマヨネーズの良さを知ってもらおうとあろうことか勧めてくる始末だ。

「なんでわっかんねえかな、こんな美味えのに」

「十四郎とは考えとか好みとか、結構合う方だと思うんだけどね。こればっかりは、ね」

本当にごめんなさいと頭を下げた私に十四郎は人生損してるわお前と真顔で言っていた。マヨ丼食べないくらいで損する人生を歩んでるつもりは無い。


多分今までも数え切れないほどすれ違ったり、どこかで一緒になったりしていたんだと思う。それが顔見知りになると挨拶を交わすようになる。だんだんと頭を下げるだけだった挨拶は他愛もない会話付きになっていった。そして2ヶ月も経てば私たちは男女という性別が気にならないほどに近づいていた。それは物理的な意味ではない。しかし急展開もいいところである。

「十四郎って、モテるでしょ」

「は?急になんだよ。つかそこのソースくれ」

「ん。いやなんかさー、ふと思ったんだよね。"あーこの人女泣かせだろうなー"って」

本当にたまたま、すぐそこの曲がり角でばったりしたのだ。「メシ?」「うん、飯」という短い会話の後、私たちは同じところへ並んで足を進めた。そして別にどちらかともなくカウンターではなくテーブル席に座った。
整いに整った顔を見ながらこれは絶対女泣かせに決まってると再度頷く。そんな私に十四郎は「仕事ばっかで浮いた話なんかねえよ」と言った。

「十四郎にその気はなくても女の子の方は違うかも知れない」

「なんだよそれ」

不意に顔を上げられて困る。途端に泳ぐ目に十四郎は眉を寄せた。

「その言い方じゃ俺が嫌な野郎みてえじゃね?」

「嫌なヤローじゃないの?」

「女に構ってる暇なんざねえよ」

「その割には慣れてるじゃん」

「どこが」

「え?」

改めてどこがと聞かれると返答に困る。困るのだけど、やっぱり十四郎は女泣かせだと思う。真っ直ぐ目を見て話されるのは心臓に悪い。自分の顔が整い過ぎていることを自覚して欲しい。それから普通になまえと名前呼びをしてきたことにも驚いた。男の人に名前を呼ばれることなんて久しくなかった私には十四郎を男として意識させるのに十分すぎた。それからこうして昼食時間が被って同じテーブルに着いた時、当たり前のように毎回多く払ったりだとかほんの少しの体調の変化に気付いてくれちゃったりだとか。驚いたのは前髪の分け目を変えたことに気づいた時だった。職場の誰も気づかなかったのに、十四郎は一言目に「前髪、いつもと違くねえか?」と言ってくれた。

「十四郎に惚れない人がいるなら会ってみたい」

「そんなの、ごまんと居るだろう」

現にお前だって俺に惚れてねえだろ?と言われて私はなんて答えればよかったのだろうか。

「だって十四郎言ってたじゃん。私ほど話が合うやつ居ないって」

「そんなこと言ったか?俺」

「あれ?言ってないっけ?」

ごっそーさんと箸を置いて両手を合わせた十四郎。私も早く食べ終わらなきゃと御御御付けに手を伸ばす。

「でもまあ、居心地はいいよな」

なんでだろうなと言った十四郎。私もなんでだろうねと返した。今思えばこの頃から既に私は十四郎に惚れ込んでいたのだろう。だから居心地が良かったのだ。だから私たちは距離を縮めたのだ。
どちらかに好意があれば、それは都合のいい友情を築けると思う。だって好意を抱いてる方は好かれたくて細かいところまで気を回すでしょう?
寄り添わない影


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