"選択を間違えてばっかだとアンタ絶対後悔しやすぜ"
いつだかそうなことを言った総悟のことを思い出した。
「なんで今なんだかな」
ふぅ、と一息吐いて胸元に手を突っ込めばじゃらっと金属がぶつかり合う音がする。パトの鍵やら屯所の鍵やら倉庫の鍵やらジャラジャラとぶら下がる輪っかを取り出せば、今度はため息が出てしまった。なまえのことをここで考えるとは思わなかったと瞼を強く閉じた時、背後から「あれれ、まーた先越されてらァ」と間延びした声が聞こえて肩が跳ねた。振り返った先にはいつもの煎餅と花、それから手桶と柄杓を持った総悟がいる。
「悪いな、もう帰るから」
「別に。そんな急いで帰らなくてもいいんですぜ」
ちーっと退いてくだせェと言われて墓前から一歩二歩下がれば総悟が横をすり抜け丁寧に手入れを始めた。総悟とここで顔を合わせるのは初めてで、どうしていいかわからなくなる。無意識に煙草に火をつけようとしていたことに気づいて俺は何をそんなにも焦っているのかとさらに混乱しそうになった。
「土方さん」
「…あ?」
そんな俺を知ってか知らずか、総悟が背を向けたまま声をかけてきた。突然のことで声が掠れ慌てて咳払いをした。
「その鍵が答えって認識でいいんですかィ」
「はっ、」
「だからその、一つだけ俺が持ってねェー鍵でさァ」
総悟は柄杓片手にやはり背を向けたまま言った。
「何お前、背中に目ん玉でもついてんのか?」
「ついてるわけねェーでしょう。そんなやつ天人以外で見たことありやすかィ」
「だよな」
じゃあなんだよ、俺の横を通り抜けたあの一瞬で見たっつーのかよ。手中に収めたままの鍵を隠すように握り締める。今日はなんだってんだ。総悟とは顔合わせるしいろいろ思い返しちまうし…
「テメェの中で答えが出たから姉上の前でその鍵取り出したんでしょう」
「お前ー…」
「はっ。どんだけ拗らせたらそんなになるんですかねィ。姉上、良かったですね。姉上が願った通り、野郎はやーっと進めたらしいですぜィ」
振り返った総悟の後ろから太陽が昇り始めて重なる。逆光で目を細めれば総悟と重なってミツバが見えた気がした。
「これ以上姉上にかっこつけてうだうだするんだったらその首跳ねさせて貰おうと思ってたんでさァ」
そう言って総悟はまた背を向けた。その後総悟と2人で初めて並んで手を合わせた。言いたいことはたくさんあったように思う。言葉なんか交わさずともそれらは伝わった気がした。
▽
「十四郎?」
呼ばれて顔を上げれば不審者でも見るかのように顔を歪ませたなまえが居た。立ち上がろうとして体がばきばきになっていることに気づく。ここがなまえの家の玄関前、マンションの通路だと思い出した。季節はもう冬を迎えようとしていて、そんなに長い時間外に居たわけじゃないはずなのに手足の先が冷たくなっている。
「まさか鍵失くした?勘弁してよ、失くさないでねってあれほど」
呆れたようにため息混じりでそんなことを言いながらかつかつと女特有のヒール音をさせてこちらへ近づいてくる。そして目の前まで来たかと思えば手を差し伸べられた。
「風邪引いても知らないよ」
「そんな柔じゃねえよ」
差し出された手を取れば温かくて、なんだか急に抱きしめたくなった。いや、急でもないか。ずっとずっと、考えていた気がする。
そのまま掴んだ手を思いっきり引き寄せれば体勢を崩して倒れこむように俺の方へよろけたなまえ。きゃっ、とでも悲鳴を上げれば可愛いものをこいつは「は?危なっ」と少し切れ気味に声を上げた。それに口元が緩むのを感じる。
「お前さぁ、もっと可愛らしい声出せねえの?」
「…熱でもあんの?人のこと転ばせようとしといて何言ってんの」
抱き締めるように受け止めたからか、通常よりも早い鼓動がダイレクトに伝わってくる。言葉は相変わらず可愛くねえし、つかの持ってるスーパーの袋の中乾物しか入ってねえんだけど。ほっんと、可愛くねえな。
「なあ」
「ん?てか中入らない?」
「いいから聞けって」
「聞くけどね?聞くけどここ外なんだけど」
家の前なんだけど、と早口で付け加えたなまえ。いつもと変わらない、会話のテンポも口調も変わらない。でも俺の肩を掴む手に少し力が込められたのが分かった。
「こないだ、ミツバの墓参り行って来た」
「うん?毎月行ってたでしょ?」
「ああ。つかなんで知ってんの」
「そりゃ分かるよ。…どんだけ十四郎のこと見てきたと思ってんの」
顔が見えないからか、珍しくそんなことを言うなまえにどきっとした。深く瞼を閉じる。
「惚れた腫れた、好いた好かれた。んなもん口にすることはこれから先、一生ねえと思ってた」
どんだけこいつのことを泣かしたんだろうか。俺の前だけでも随分泣いていたように思う。きっとこいつのことだから一人で泣いたりもしたんだろうな。
悪かったと言うのは違う気がして、喉元までせり上がった言葉をぐっと飲み込んだ。そしたらついでに他のもんまで飲み込んじまったらしい。次の言葉が出てこなくなった。
「十四郎」
「あ?」
聞け、なんて偉そうに言ったくせに言葉につまった俺。沈黙を破ったのはなまえだった。
「ごめん、言うつもりなかったんだけど」
"やっぱ無理、好きだわ"
顔を押しつけるようにして、肩をぎゅっと痛いくらい掴まれながら言われた言葉。年甲斐もなく胸が締め付けられるように感じた。それは苦しいようで、でも全然嫌な感じじゃねえ。
「何泣いてんだよ」
「泣いてないよ、自惚れんな」
よくよく考えればミツバとこいつはちっとも似てなんかなかった。同じ人間、似てるところを探そうとすれば重なる部分はあったかも知れねえ。例えば俺と違って声が高えとか手の皮がごつごつしてねえなとか。多分そんくらい。それは別にこいつじゃなくても重なるんだろう。
「俺も、嫌いじゃねえよ」
小さな子どもをあやすように、頭を二、三度撫でながら。俺も好きだわって本当は言いたかったけど照れちまって言えそうもなかった。顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。熱い熱い熱い。死ぬほど恥ずかしくて顔を背けようとすれば勢いよく両頬を抑えられた。
目に涙を溜め込んだなまえとバッチリ目が合う。
「…馬鹿、そこは好きって言ってよ」
そう言って大粒の涙を流したなまえにどうしても我慢できなくて、ここが通路だとか自分たちがアラサーだとかそんなこと忘れたフリして口を塞いだ。これで伝んだろ。
▽ 同じ惑星にうまれた
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