泣きじゃくりながら重ねた唇。少し塩っぱくて少しだけ甘かった。

「拒めよ」

睨むようにしてそんなこと言われても私にはどうすることもできなかった。できるわけないじゃないか。

「…仕事、クビになったらどうしてくれる?」

「一緒に事情説明してやるよ」

「え?仕事サボってホテルに居ましたって?」

「違えわ。そこは嘘も方便だろ」

「警察官としてどうなのそれ」

「いつも真面目に仕事してんだ、たまにはいいだろ立場を利用したって」

「最低〜」

「ああもううるせえな。少し黙ってろよ」

「あっー…」

平日の昼間なのにホテルはそこそこ埋まってて、適当に選んだ部屋は少しグレードが高そうだった。どうして連れてこられたのがホテルなのか、どうして私たちはまたも一緒にベッドに入ったのか。どうして私は泣いているのか。
シャワーさえ浴びずに足を絡ませた。

「ね、十四郎っ」

「んだよ、」

聞きたいことはたくさんあって。でもそれを聞くのは少し怖くて。
誰かの代わりにはなりたくないのに、身体を重ねれば満たされる気がしたから。

「なんでもない」

それでも涙は止まりそうもない。


「あー畜生うぜえ」

珍しく被ったらしい休み。十四郎が土日休みを取れることなんて奇跡に近かった。昨夜突然「ラーメン食いに行くか」とアポなしでやって来たこの男は、ラーメンを食った後も何故か私の家へついてきてそのまま断りもなく宿泊した。

「なに、朝からうるさい」

今何時?とカーテンの隙間から覗く日差しを遮るように目を細め枕元の目覚まし時計を確認する。なんてこった、折角の休日なのにまだ6時前じゃないか。隣で携帯を握りしめたままイライラとしている十四郎に「なに?」と声をかければこちらへ黒眼だけ向けて応えてくれた。

「呼び出し。総悟から」

「へえ。仕事なら仕方ないじゃん?早よ行ってあげな」

「てめえ本当、総悟に甘いな」

「そんなことないでしょ。仕事なら仕方ないってただそれだ、」

「"お取り込み中すいやせん土方さん、土方さんの部屋、間違えて浸水させちまいやした。今日提出の書類が水浸しでィ(笑)"って呼び出しだけどな」

「…間違えて部屋浸水?」

「嫌がらせに決まってんだろう、あんのクソガキ」

「愛されてるね」

「…相変わらずてめえは俺の話聞いてねえのな」

ああめんどくせえな全部やり直しだよ畜生。
そうぼやきベッドから抜け出した十四郎の後頭部が少し跳ねている。

「寝癖ついてるよ」

「シャワー浴びてから戻る」

「ええ〜トシィ〜朝シャンなんてエロい〜」

「…誰の真似だよ」

「近藤さん」

「似てねえ」

「だよねごめん。お詫びにコーヒー淹れとく」

「おお、悪いなサンキュ」

まだいつもなら寝てる時間だけど、仕方ない。重たく感じる頭を二、三度左右に揺らしてキッチンへと向かった。小さな食器棚から十四郎専用となったマグカップを取り出して、これまた十四郎しか使わない灰皿もテーブルへ運ぶ。
シャワーを終えた十四郎がコーヒーを飲みながら慣れた手つきで新聞を読み始めた。

「急がなくていいの?」

「大丈夫だろ。お前によろしくって言ってたし」

「え?沖田くんが?あの、沖田くんが?」

「無駄にお前と仲の良い沖田くんだよ朝からうるせえな」

「…別に仲良くないんだけど?なめられてる気しかしないんだけど?」

「十分仲良いだろ。こないだも一緒に飯食ったんだろ?」

「ああ、カップ麺奢ってあげた話?」

「知らねえけど。一緒に飯食ったとしか聞いてねえ」

「コンビニでたまたま会ったんだよね」

「…へえ」

「なに」

「もっとマシなもん食わせてやれよ」

「そんな時間なかったの」

床へ直に並んで座って、インスタントコーヒーを飲みながらなんでもない話をする。
新聞を読み終えた十四郎がベッドの脇に掛けられた着流しへと手を伸ばした。

「次の休み、また連絡するわ」

「今回の休みはアポなし訪問だったけど?」

「仕方ねえだろう」

「まあいいや。あっ、ついでにゴミ捨て頼んだら怒る?」

「…んなことで怒ったことねえだろ」

ちゃちゃっとまとめたゴミを十四郎に渡せば嫌な顔せずに受け取ってくれた。
じゃあまた、と出て行った十四郎に私もじゃあまたと返し送り出した。

「さて、もう少し寝ようかな」

まだ少し残る煙草の匂いがあるうちに、もう少し寝てしまおうとベッドへ急いで戻る。
私は今も本当に聞きたいことは聞けずにいる。
呼吸すら臆病になる


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