冷蔵庫を開けてマヨネーズを取り出した。炊飯器からご飯をお椀に盛って、テーブルに配膳する。そして今まで調味料として料理を引き立たせるくらいにしか使ったことのないマヨネーズをご飯の上にこんもりと乗せてみた。今日の夕飯はこれにしよう。

「…美味しそうには見えないな」

十四郎は美味しい美味しいと、温かいご飯に溶けるマヨネーズの匂いすら食欲をそそると言っていたのに私にはそう思えなかった。

「意識して食べるからダメなんだよね。こういうのは無、無で食べるに尽きるんだよきっと」

帰りに借りきた少し前に流行ったDVDをセットした。きっとDVDに集中して、ながら食いをすれば食べきれるはず。そう思って話が少し進んでから箸をつけてみたけど…

「うっわまっず、まじ?本当にコレが美味しいの?」

マヨネーズの味しかしないし食感もなんとも言えない感じだし、ていうか口の中があり得ないほど油っこい。私には合わなかったらしい。こりゃどうしたものかと黄色い丼を見下ろして、炒めてみることにした。フライパンの上でマヨネーズが溶けていく。ご飯と混ざり合って香ばしい香りがしてきた。味見を、と少しだけ口に含んでみる。

「いける、これならいけるかも」

炒めたマヨご飯は案外食べれるものだった。同じものなのに少し手を加えただけで食べれるようになったらしい。少し驚きながらお皿に移して、DVDの続きを観ることにした。


十四郎とご飯を食べたあの日、十四郎は私にどこに住んでるのかだけ聞いてきた。聞きたいことがたくさんあると言ったくせに、それ以外のことはなにも聞かなかった。

"会社の近くに引っ越したの"

"…そうか"

うどんを食べながらそれだけ交わした。お会計は十四郎が誘ったのは俺だからと払ってくれた。店を出て家まで送ると言う十四郎に大丈夫だから一人で帰らせてくれと頭を下げた。十四郎は少し悩んだようにしてからわかったと頷いた。しかしそのすぐ後ただし条件があると続けた。

"条件?"

"呼び出し音が鳴るっつーことは番号は変わってねえんだろ?"

"あ、うんまあ"

"なら連絡着くようにしろ。家に着いたら連絡しろ。そうするっつーなら一人で帰ってもいいから"

そう言った十四郎は真っ直ぐ力強い目をして私を見ていた。そんな十四郎に番号を交換した日を思い出した。相変わらず心配性だなぁなんて思えばふふっと笑みがこみ上げてくる。十四郎は分かってない、分かってないのだ。その優しさが私にとってどれだけ痛いのか。そういうのはね、好きな人にだけすればいいよ。

"分かった、連絡する"

でも少し嬉しかった。十四郎に連絡をするのは十四郎が頼んできたからだ、十四郎が望んだからだ。決して私の意思じゃない。そう思えることが嬉しかった。十四郎と連絡を取ることに対して仕方ないだろう理由があるのだと言い聞かせられることが嬉しかったのだ。その時点で私の負けだというのに。私の綱渡りは終わった。不安定な綱の上では少しの戸惑いさえもが命取りになってしまう。

「はいもしもし」

仕事帰り、スーパーで携帯が鳴った。浮かび上がった名前に胸が高鳴る。番号を覚えていたから登録し直さなくても困らなかったけど、私は十四郎で登録をし直した。

『変わりねえか?』

相変わらず連絡不精ではあるけれど、以前より頻繁に電話が来るようになった。それが嬉しいようで辛かった。以前は十四郎自身がいつ死ぬか分からないような、危険な職に就いているから私の生存確認をしたがるのかと勝手に解釈していた。だって私の周りにはいちいち生きてるかどうか電話で確認を取りだる人はいなかった。でも土方十四郎という男の弱い部分を少し知って、私の解釈が違ったのだと気付かされた。だってもし私の解釈が正しかったとするならば、十四郎は私以外にも生きてるか?って確認を取るはずなのだ。

「うん、変わりないよ」

『なら良かった』

電話越しに聞こえる、どこか安心したような声。その声に私は唇を噛んだ。十四郎が生存確認をしたかったのは私じゃない。十四郎がこうして連絡を取りたいのは私じゃない。
頭がズキズキと痛んで視界がグラグラと歪んだ。電話の向こうで十四郎が『今日夜少し時間が取れそうなんだ。会えるか?』と言った。最後に会ったあの日から1ヶ月くらいは経っただろうか。

「ごめん、今日はちょっと予定あるんだ」

『ああー…なら仕方ねえな。じゃあ仕事でもしとくわ』

「いつも仕事しかしてないじゃん」

『他にやる事なんざねえからな』

自傷じみたようにハッと鼻で笑った十四郎に以前の私なら「吉原にでも行ってくれば?」と言っていただろう。そして十四郎もそうだなそうするかって言っただろう。
本当は予定なんてないくせに私は忙しいフリをした。会いたい、でも会いたくない。
"代わりでもいいよ、私が側にいるよ。だからお願い私をほんの少しでもいいから、見て"
代わりになりたかったわけじゃない。代わりになれるなんて思ってもなかった。でも、もしかしたらって期待してた。十四郎が会いたいのは私じゃないでしょう?

「あ、ごめん。レジ並ぶから…」

『ああ、気をつけて帰れよ』

「うん、ありがとう」

またねと言って電話を切った。まだ空のカゴを見ながらため息を吐く。今までと同じような会話、同じようなやり取り…なのに全てを勘ぐって被害妄想が広がっていく。
変わったのは十四郎なのか、それとも私なのか。蜘蛛の糸に絡み捕られているのがどちらなのかわからなくなった。
宇宙に光る星と屑


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