「それで結局、会わなかったの?」
「どんな顔して会えばいいんだよ」
「普通の顔じゃない?」
「…簡単に言ってくれやがる」
いいんだよもう、と言って十四郎は背を向けた。それが沖田くんのお姉さんの話はこれ以上してくれるなという意思表示だってこと分かっていた。それでも私は確認したかったのだ。まだ残る下腹部の違和感に願った。
「お葬式にも行かないつもりなの?」
少しの沈黙の後、十四郎は「行かねえな」と言った。それだけで確認したかったことが確認できてしまった。
「へえ。十四郎が後悔しなければいいんだけど」
悲しくて哀しくて段々と声が震えてしまう。もはや今更意味のないプライドだけでどうにか泣いているのがバレずに済んだ。
私の葬式には来るって言ったくせに。俺がまだ生きてたら行くって言ったくせに。行かないんじゃないでしょう、行けないんでしょう?
望んで抱かれたはずなのに、勝手に虚しくなって勝手に泣いてやった。
▽
別に誰に追われてるわけでも誰に探されてるわけでもないのに、私はなにかから隠れるように大通りを避けるようになった。初めこそ通勤にビクビクと周囲に過剰なまでの反応をしていたが、慣れてくれば自信もついた。髪も着物も以前とは違うのだ、早々私だと気付かまい。そう思うのにどこかで十四郎だけは気づいてくれるはずなんて思ってしまう。気付くも何も十四郎は多分、私のことなんてこれっぽっちも考えていないだろう。
「あれ?なまえ、さん…でしたっけ?」
「あーっと…山崎さん?」
仕事帰りに寄ったコンビニ。値引きシールの貼られたあんぱんに手を伸ばしたら、横から伸びてきた指先と触れ合った。ああすみませんと顔を上げて互いに固まる。まさかこんなところでまさかこの人に会うなんて、ってところだろうか。
「こんばんは」
久しぶりですねと、初めて会った日同様人当たりの良さそうな笑顔で山崎さんが言った。
「なんだかわざわざすみません。お茶、ご馳走になります」
「こっちこそあんぱん譲ってもらっちゃって」
明日から張り込みでどうしてもあんぱんを買いたいんだと力説されて、私は残り一つの割引シールが貼ってあるあんぱんを山崎さんに譲った。するとお礼にと山崎さんはお茶を買ってくれ、しかも折角なんで一緒にとあんぱんを食べるのに誘われてしまった。よく分からない。わざわざ大して仲良くない2人であんぱんを半分こにするこのイベントは本当によくわからない。
「えーっと…最近なにか変わったこととかありました?」
「はい?変わったこと、ですか?」
山崎さんと顔を合わせるのは2回目だ。初めては屯所で少し。あの時も何かをちゃんと話したわけじゃない。そんな2人が夕方の公園であんぱんを分け合ったところで突然仲良くなったりはしない。気まずいなぁ、どうしてあんぱんを食べることなんかに誘われたんだろう。早く帰りたい、この互いに気を遣いまくってる雰囲気がもう辛い。あーあーあーと無表情のまま心の中で叫んだ、お願いだから何かなんでもいいから話題をくれと。そしてさっきの"最近なにか変わったこととかありました?"だ。
「変わったこと、変わったこと…」
なんだろう、何かあったっけ?そもそも私の以前を知らない山崎さんが私の近状を知ってどうするつもりだろうか?ああ、あれか、深く考えていない系か?山崎さんも私と同じく気まずくてなんでもいいから話題を探してた側か?
例えばなんでしょう?と何の気なしに聞き返した。そしてその答えにここ数週間考えないように記憶の奥底へ落としていたものが一気に脳内へ湧き上がってきた。
「例えば、最近引っ越したとか」
にっこりと、人当たりの良い笑顔に余計どきりとさせられる。どこまで知ってる?何を知ってる?今日会ったのは偶然?それとも必然?
「なんで、そんなこと」
「例えばですよ例えば!」
ああ酸素が薄くなった。私のちっぽけなプライドが生意気にもその存在を主張する。
「山崎さん」
「あっ、はい、なんですか?」
「敬語やめませんか?」
「え?」
「沖田くんだって私に敬語なんか使わないですよ」
「それは、あの人はああいう人だからで…」
なまえさんがその方がいいって言うなら別に俺は構いませんけど、と困惑した表情で山崎さんは敬語を辞め普通に話すことを承諾してくれた。それから取引のように互いに互いの腹を探り合った。そして私が知り得たものは期待していたようで期待していなかったことだった。
「副長が連絡つかないって」
「引っ越しました」
「定食屋にも来てないって」
「最近は自炊にハマってるんです」
「…喧嘩でもした?副長ってさ、怖いし口悪いしすぐ手出るしアレなんだけどさ。いいところもあるって言うか」
「喧嘩なんかしてないですよ。十四郎と私じゃ喧嘩にならないと思いますよ」
じゃあどうして急に、と聞かれたから今度は私から質問した。山崎さんは沖田くんのお姉さんをご存知ですか?
「え?ああうん」
「私と似てますか?」
「…似てないよ、似てない」
でも、と続けた山崎さんは察したようだった。喧嘩なんかできっこないのだ、私と十四郎は。だって私たちは友達でさえなくなってしまったのだから。ああ違うか、友達ではあるのか、違う意味で。
「髪の毛、染めたんです」
だからもう十四郎には会えないんです。
山崎さんは似合ってると困ったように笑いながら言ってくれた。十四郎が私のことを気にかけてくれていると知れただけで十分だった。私が望んでいるものはどうやったって手に入らないのだから。それだけで満足しておかないとだって。
「喉渇いたなぁ」
黄昏るというのは夕暮れ時に行うものだと教えてくれた人も喉が渇いていればいいのに。
▽ 君を包むには小さすぎる手のひら
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