「あ。野郎の」

「…野郎の、何?」

「んにゃ、なんでもありやせん。こんなところで何してるんで?」

「お昼ご飯食べてるの。昼休憩だから」

「ここは俺の特等席ですぜ」

「そうなの?初めて知った。明日からは違うところにするから今日だけ貸してくれる?」

「…今までこんなところで食ってなかったろィ」

「最近暖かくなってきたから。冬はやっぱり暖房の効いたところで食べたいじゃん?」

沖田くんは私を見下ろしながらため息を吐いた。そして隣に腰を下ろしジロジロと人の頭からつま先までを見て、吐き捨てるように言った。

「やっぱり全然似てねェーな」

それが誰と誰の話なのか。私は聞こえないふりをして食べかけのサンドイッチを口へ運んだ。


風呂上がり、髪の毛を乾かそうと洗面台に向き合って鏡に映る下着姿の自分自身に自傷染みた笑みが浮かんだ。胸元、ブラジャーの境目に黄色く変色した小さな痣に笑うしかなかった。視界が揺らいで頬を何かが伝った気がした。そのまま壁に掛かっているドライヤーに手を伸ばす。
数ヶ月前、私が犯した間違えは四日前で2回目を迎えていた。

「…え。なんでそんなげっそりしてるの」

「あの馬鹿に嵌められたんだよ、クソッ」

昼休憩、いつも通り定食屋へとやってくればカウンターのところに見慣れた後ろ姿があった。お疲れと声を掛けて隣に腰を下ろす。こちらに顔を向けた十四郎はげっそりと疲れ切っていた。

「こないだ会った時はそんなじゃなかったじゃん」

「その後だよその後。夜は仕事だって言ってたろ」

「ああ、沖田くんと見回りだっけ?」

「そこで嵌められた」

「ごめん。全然話が分からない」

おやっさんに日替わりランチAを頼んでお冷で喉を潤す。首を回せばコキコキと骨が軋んだ。
先に十四郎の特製マヨ丼が運ばれてきて、それからしばらく経って私の日替わりランチAも運ばれてきた。四日ぶりに会う十四郎は終始沖田くんの悪口を言っていて、私は適当に相槌を打ちながら午後の仕事のことを考えていた。

「でー…って聞いてんのかよ」

「うんうん聞いてる聞いてる」

「嘘こけてめえ。全然聞いてなかったろ」

「うん、聞いてなかった。でもあれでしょ?例の如く沖田くんに遊ばれたんでしょう?はいはい仲良いね〜」

「誰が仲良しだ!嫌がらせもいいとこだろ。あいつなんであんな根っからの性悪なんだかな。あれだな、近藤さんが甘やかしたからだな、ったくよ」

「でも好きじゃん」

「好きじゃねえよあんなクソガキ。大人を舐めてやがんだあの野郎」

「舐められる十四郎が悪い」

「てめえはどっちの味方だよ」

ああ?!と凄む十四郎に吹き出してしまった。変なところにキャベツの千切りが入ってしまったらしい、苦しい咽せる。

「汚えな!馬鹿、何してんだ水飲め水っ」

「くるし、十四郎が、笑わすからっ」

「笑わせてねえよ、いいから水飲めっつーの」

乙女の顎をぐっと掴み、強引に水を流しこもうとする十四郎。咳き込んでる私は飲水さえも苦しく感じた。げほげほしながらコップ一杯分を飲み干せば先ほどまでの咳が嘘のように止まる。

「ったく。ビビるわ。急に苦しみやがって」

「ごめんごめん。だって十四郎が笑かしてくるから」

「知らねえよ勝手に笑ったんだろうが」

一体なにがそんな面白えんだよと言われて笑顔が固まった。言えない、言えるわけがない。四日前に会った時は申し訳なさそうに切なそうな顔して私の上に覆い被さってたのに、今日は"ああ?!"なんて凄んでくるんだもんそりゃ吹き出しちゃうよ。なんてことは言えない。

「…なんだよ」

黙り込む私の異変に気付いて十四郎が声のトーンを落とした。私は慌てて笑顔を作り直す。

「なんでもないよ。沖田くんに構われてる十四郎を想像したら吹き出しちゃったの、ごめんね」

「はあ?お前も性悪かよ」

俺の周りにゃまともな奴がいなさすぎると嘆く十四郎に、私は笑ってごめんと返した。
性悪じゃなきゃ人の弱さに漬け込んで関係を持つなんてことはしないだろう。

「私が性悪なんて今更じゃんか」

知ってたでしょ?と言えば十四郎は急に真剣な表情になった。そのまま知ってたと返されると思っていたから突然真剣な表情をされて困ってしまう。

「なに…」

「冗談に決まってんだろ。お前はいいやつだ」

ふざけてる様子もなく、真っ直ぐ私の目を見てそんなことを言ってくれやがる十四郎に胸が痛い。

「持ち上げてもなにも出ないよ」

「そんなつもりじゃねえよ」

つか早く食った方がいいんじゃねえの?と時計を指差され驚いた。やばいもうすぐ昼休憩が終わってしまう。
それは愛じゃない恋じゃない


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