ルームシェアを始めて一ヶ月半も経った頃、ようやくタメ語で話せるようになった。高杉さん曰く「家でくらい息抜きてえから敬語やめろ」ということらしいのだけど、私が敬語をやめたところで高杉さんがリラックス出来るのかと疑問に思う。
「たまには外食でもするか」
掃除機をかけていれば、ドアのところに寄りかかる高杉さんがそんなことを言った。あまり外へ出掛けるタイプじゃないのに、どういった風の吹き回しだろう。
「駅前に新しくできたレストラン分かるか?」
「あぁ、あのパリをイメージしてるとかいう?」
「あそこ親父の知り合いがオーナーなんだよ。一度くらい顔出しに行かねえと」
なるほど。お金持ちもそれなりに大変らしい。
少し高そうな外観だし、さすがにカジュアル過ぎてはいけないかとクローゼットを開けてみたけれど少しきっちりした格好をしようとすれば結婚披露宴ですか?ってくらいのドレスになってしまった。これは違うと思う。
「まだ支度終わらねえの?」
「あと着替えるだけなんだけど……」
「いつも通りでいいぜ?」
いつも通りって……Tシャツにパンツスタイルのことだろうか。いいわけない。
少しだけ部屋のドアの開ければ、ジャケット姿の高杉さんがいた。スーツってわけじゃないのに、どうしてこの人は私服からしてこんなに綺麗なものをお召しになるのか。
「……どこのパーティーに行くんだよお前は」
「私もこれは違うかなって思ったんだ」
「だから別にいつも通りでいいだろ、ほら、バイトに着てるやつとか」
そんなカジュアルな格好で高杉さんの隣を歩けないと思うのだ。あーうー、と情けない声を出せば高杉さんはとりあえずいつもの格好に着がえろと言った。
絶対こんなにカジュアル過ぎてはいけないと思ったけれど、スーツかドレス以外に余所行きのものが見当たらず言われた通りTシャツにデニム姿という本当にいつも通りの格好になった。
「本当に大丈夫?これ、高杉さんも恥ずかしくない?」
あぁ、少し高めの洋服を買っておくべきだった。元カレと別れて最近お洒落も気にかけていなかった気がする。だめだな、こんなんじゃ。別に元カレをまだ好きだとかそんなんじゃないけど、見せる相手もいないのにお金をかける気にも時間をかける気にもなれなかったのだ。
「別に。でもお前は納得してねえ面してんな」
「そりゃあ……ファミレスに行くわけじゃないんだもん」
「そんなに気負うほどのもんでもねえだろ」
飯食うだけだぞ、なんて高杉さんは言う。確かにご飯を食べに行くだけだ。だけだけど……
「じゃあ何が起こっても文句言うなよ?」
「へ?なにがって……」
ニヤリと笑った高杉さんは私の手をとった。そしてレストランを通り過ぎどう考えても私が場違いなビルへと入っていく。そこは世界にも名を連ねる有名なブランドのお店が立ち並んでいた。こんなところがあったなんて、知らなかった。
「これはこれは高杉様。ご無沙汰しております」
「この女を全身コーディネートしてもらいてえんだ」
「ふふっ、かしこまりました」
頭の中にはハテナがたくさん浮かんだ。ちょっと待ってよ、と高杉さんへ必死に目で訴えてみたが華麗なスルーを付けつけられた。
店員さんだと思われる女の人が私を試着室へと連れて行く。
そして次から次へと服を渡され着せ替え人形のように着替えさせられた。どれもこれも値札がついていないから、余計に怖い。
最後に渡されたワンピースを着れば、満足そうな顔をされた。
「よくお似合いでございます」
「……これ一体いくらするんですか」
ふふっと笑みを浮かべ、さぁこちらをなんて少しヒールの高い靴も出される。ワンピースの生地からして、私が買えるような代物じゃないことくらい分かった。
おずおずと高杉さんの元へ行けば「こんなもんでいいだろう」と言われる。
「いやっ、私ここで買い物出来るほど余裕が……」
「俺が買うんだから問題ねえよ。いくらだ?」
「それはっ!!」
「うるせえぞ、こんなところで喚くな」
カードで支払う高杉さんの後ろで小さくなっていた。私がわがままを言ったから、気を遣わせてしまった。そしてこんな高い物を……
店を出て少し前を歩く高杉さんに「絶対お金は返すから」と伝えれば必要ねえと言われてしまう。
「文句言うなって言ったろうが。好きでやってんだ、ほっとけ」
「ダメ!こんな高い物、何もなく買ってもらうなんて」
「面倒くせえ女だな。俺がいいつってんだからいいんだよ」
んな面してたら飯も美味くねえぞ、と言う。
「銀時なんか当たり前の顔して俺に買わせるぜ」
「だってあの人は……」
「俺は気に入ったやつにしか金は落とさねえ」
ありがとうって言われた方が気分がいいと言われてしまえばなにも言い返せなくなってしまう。ぎゅっと袖を掴み、ありがとうございますと言えば高杉さんは「あぁ」とだけ言ってくれた。
「その服、捨てんじゃねえぞ。たまには着ろよ」
「えっ?あっうん」
「意味わかってんのか?」
「捨てるわけないよ。大事にするっ」
そうじゃねえよ、と言った高杉さんは少しだけ笑っているように見えた。