今日は飯要らねえ、と高杉さんは珍しくスーツに身を包み朝から出掛けて行った。朝から出掛けることも珍しいけれど、スーツ姿なんて初めて見たから驚いた。確かに働いてなかったとしたらこんないいところ住んでいられないだろうし、食費も日用品も光熱費までも高杉さんが払ってくれているのだから収入はあるんだろうけど。どんな職についているのかも、どれだけ収入があるのかも私は知らない。

一人のご飯はやはり寂しいものだとしみじみしながら夕食を摂っていれば、高杉さんが帰ってきた。おかえりなさいと声をかければ真っ直ぐリビングへとやってきてくれる。


「やる」
「えっ、あの、ありがとうございます?」


お土産なんて、日帰り旅行でも行ったのかな?渡された袋をすぐに開けたい衝動に駆られたが、がっつく女だと思われたくなくてグッと堪えた。そして何食わぬ顔で夕食の続きを摂る。


「使い終わったら感想を聞かせてくれ。開発部がうるせえんだよ」


いまいちよくわからなかったけど、一応分かりましたとだけ返した。
高杉さんはお疲れらしく、そのままソファーへ寝転がる。そんなところで寝てしまったら体が痛くなっちゃわないかな。


「酒でも飲むか」
「お、お酒ですか?」
「麦、いや芋か」


なんのことかさっぱり分からず首を傾げれば、どっちがいいと聞かれた。どっちって……


「高杉さんにお任せします」
「じゃあ芋にする」


起き上がりキッチンへと向かう様子を眺めていれば、グラスと一升瓶を持って来てくださった。割ものは水でいいかと言って氷とミネラルウォーターまで用意してくださる。


「あ、すみません。言ってくれれば用意くらい」
「俺が呑みたくて付き合わせるんだから気にすることじゃねえよ」


つまみはなにがいいと言われたけれど、確か今つまみになりそうなものは切らしている。
食べ終えた食器をシンクに置きながら、買ってきますと言えば高杉さんも立ち上がった。


「こんな時間に一人で行かすわけねえだろう」
「こんなって……まだ21時前ですよ?それにコンビニだったらマンション降りればすぐそこにあ、」
「一緒に行けばいいんじゃねえの?」


そう言って私の目の前を通り抜け、玄関で靴を履く高杉さん。こないだも思ったけど優しいだけじゃなく、心配性なところもあるらしい。
お言葉に甘えて、と私も靴を履いた。

だいぶ呑んだと思う。高杉さんは少し上機嫌そうだ。頬を薄っすらと赤らめながら風呂に入ってこいと言った。


「お風呂ですか?」
「早くしろよ、眠くなっちまうだろ」


これは、あれだろうか。同じ屋根の下に男女が衣食住をともにしていたがために起こってしまう、巷で噂のワンナイトラブだろうか?お酒を呑むと一夜限りの過ちとかいうものも存在するっていうしなぁ。
シャワーを浴びながらそんなことを考えられるのだから、私も大分飲みすぎたみたいだ。

リビングへと戻れば高杉さんはソファーで横になっていた。規則正しい寝息が聞こえる。どうやら寝てしまっているらしい。
ソファーの空いてるところに腰をかけ、少し紫がかった黒い髪に手を伸ばした。さらさらと指の間を抜けていく。
前髪を分けるように撫でていれば長い睫毛に、通った鼻筋。そしてエキゾチックに見える眼帯。綺麗な人だと思う。


「夜這いか」
「!あっ……」
「悪趣味だ」
「ちがっ!」


パチリと目を開け、私の手首を掴んだ高杉さんは少し笑っていた。起き上がり、先ほど私へくれた袋を開けた。
中からハンドクリームが出てきて、私は固まってしまった。どうしてハンドクリームなのだろう。


「塗ってやる」


そう言って私の手に、優しく揉み込むようハンドクリームを塗ってくれる。たかが手だ。手を握られハンドクリームを塗られているだけなのに、身体が熱くなって恥ずかしくなる。高杉さんの顔を直視できず、手だけを見ていた。私よりも長い指は、細く骨ばっているけれど白くて綺麗だった。人の手をこんなにまじまじと見るのは初めてだと思う。


「新商品らしい。香りはパッションフラワー、従来よりもべたつかずさらさらしてるのが特徴だとよ」
「えっ、あっ、えっと」
「○○会社って知らねえか?」


高杉さんが口にした会社は大手化粧品会社だった。もちろん私だって知っている。少し値こそ張るが、そこの商品にハズレはない。


「言ってなかったか?そこ俺の親父がやってんだよ」
「えぇっ!?」


握られていた手を勢いよく引いてしまった。驚いた、たまげた。それなりに裕福なのだろうとは思っていたけど、まさかだって、誰もが知っているような会社の息子様だったなんて。


「じゃっ、じゃあ高杉さんは…そちらで働いているという」
「俺がいつ働きに出てるんだ?親父は跡継いでもらいてえらしいけどな。人の上に立つのも下に着くのも向いてねえよ」
「じゃあどうやって、お金を捻出してるんですか?」
「株」


見せてやろうか、と私の手を引き自分の部屋へと連れて行こうとする。でもきっと高杉さん、明日になったら後悔しませんか?部屋にはなにがあっても入るなって言ってたのに、酔った勢いでそんなに自分の話をしてしまっては後悔すると思うんです。


「なんだよ、見ねえの?」
「だって、酔った勢いでそんな大事なことっ」
「馬鹿言え。俺がこれくらいで酔うわけねえだろ、精々気分がいいくらいだ」


それって酔っているんじゃないだろうか。
本人がいいと言うならいいのかな、なんて私も後に続いた。部屋にはたくさんのパソコンが並べられている。どれもグラフだとか数字だとかが無数に表示されていて、私が見ても全く分からなかった。


「この部屋に入れたのはお前で二人目だ」
「二人?」
「銀時とお前」


脳裏に"坂田銀時っつーんだ、覚えといてくれよ"とへらへらしていた不動産のお兄さんが浮かんだ。仲が良いのか。


「腐れ縁なんだよ、小せえ頃からの」


そう言った高杉さんは嬉しそうな顔をしていたからきっと、腐れ縁といえど大事な存在なのだと思う。


「私なんかに教えて良かったんですか?」
「お前だから教えたんだろ?」


掴まれた手首が熱くなった。
高杉さんはなにも考えてないと思う。ただ一緒に暮らしていて、自分に害のない人間だから話しただけなのかも知れない。それでも私は、少し特別になった気がした。


「高杉さん、モテそうですよね」
「うぜえくらいにはな」


モテないはずがない。
否定せずに少し口元を緩ませた高杉さんは、色っぽく見えた。