ルームシェアを始めて一カ月が経った頃には、会話らしい会話ができるようになった。お互い時間が合うときには一緒にご飯を食べるようになり、日用品や食品関係の買い物には車を出してくれるようになった。


「今日はバイトがあるので冷蔵庫のものを温めて食べてください」
「あぁ、わかった」
「乾燥機の中のものはそのままで大丈夫です、帰ってきたら畳みますね」
「助かる」


バイトだと言えば玄関までお見送りをしてくれるらしいのだから、人間の順応性は素晴らしいと思う。高杉さんは部屋に篭りきりじゃなく、リビングにいることが多くなった。それに伴い私もリビングにいることが多くなった。


「じゃあ行ってきます」
「気をつけろよ」
「はいっ」


パタンと閉まる玄関を確認してから、にやける口元に手を添えた。最初こそ怖いだけの人かと思っていたけど、気をつけろよとか言っちゃうらしい。そういうギャップはやめて頂きたい。
いつしか私の中で高杉さんはただのルームメイトじゃなくなっていたんだと思う。その証拠に気をつけろよの一言だけで、今日のバイトを頑張れそうな気がしてきたのだった。



お疲れ様でーす、とバイト先であるカフェを裏口から出れば外はすっかり日が沈んでいた。少し肌寒くなってきたな、と思いながらマンションへと歩みを進めれば見慣れた車が駐車場に停まっている。


「いつも歩いて帰ってきてたのかよ」
「なっんで、ここに……」


そりゃ驚いた、とっても驚いた。バイト先を話したことも今日の上がり時間を話した覚えもない。なのに目の前には車から降りて煙草を吸う高杉さんがいるのだ、意味がわからない。


「今度からは終わる時間言ってけ、無駄に待っちまった」


早く乗れよと言うこの人は本当に高杉さんなのだろうか。運転席に乗り込んだ高杉さんに続いて、私も乗せてもらった。平然を装おうとしても、事態を飲み込めず変な汗が出てしまう。


「んだよ、迷惑だったのか?」
「そんなまさか!有難いです、とても」
「全くそう見えねえけどな」
「状況が飲み込めない、といいますかなんといいますか」


だってこんなの、かっこよすぎるじゃないか。元カレにだってバイト終わりに迎えなんか来てもらったことないのに。むしろあいつは「終わった?じゃあ帰りにアイス買ってきて、かき氷系」とかいつも買い物を頼んできたっていうのに。

帰宅すれば高杉さんは先にシャワーを浴びたいとお風呂場へと向かった。私は夕飯を軽く食べようかとキッチンへと向かう。
冷蔵庫の中に昼間用意していったおかずがそのまま残っていた。外で食べたのだろうか?捨てるのはもったいないので、自分で食べることにした。高杉さん用に作ったから少し量が多いけれど、食べれないわけじゃない。ただ少しカロリーとか気にしちゃうだけだ。

一人でテレビを観ながらチンしたご飯を食べていれば、なんだか少し寂しい気がした。最近は高杉さんと一緒に食べていたからだろうか。流れるテレビの音がより一層寂しさを募らせた。それにイラっとしてしまい電源をブチッと切れば後ろから「なに勝手に食ってんだよ」と声をかけられた。


「待ってろよ」
「まだ食べてなかったんですか?」
「見りゃ分かんだろ、そのままになってなかったか?」


そのままになってました、なってましたとも。だからどっか外で食べてきたのかなって思って、カロリーを見ないふりして食べているんですもの。


「先に風呂入るっつったろーが」
「すみません…」
「俺のは」
「えっ、あっ、」
「まさかお前一人で全部食ったのかよ」
「だっ、え!?どこか外で食べてきたのかなって」
「なんで用意されてんの分かってんのにわざわざ身体に悪そうなもん食いに行かなきゃならねえんだよ」


意味わからねえ、と漏らす高杉さんだけど私だって意味がわからない。
だってじゃあ高杉さんはこんな時間まで夕食を取らずに待っていたというのだろうか。それこそ意味がわからない。なんのために?
テーブルに並べられた、もう残り少ないおかずを食べるべきなのか高杉さんにあげるべきなのか悩んでいればぼそりと呟かれた。


「飯は一人より二人だろ」


顔をそっぽ向けながらそんなことを言うなんて、本当にやめて欲しい。おかげでこれ以上なにも喉を通らなそうだった。胸がいっぱいってこのことかと本気で思った。


「腹減った、俺にも飯寄越せよ」


そう言って次はこちらを見た高杉さんが、昨日よりも数段かっこよく見えてしまい逃げたくなった。


「たっただいま、なにか、何か作らせていただきますねっ」


慌てて立ち上がれば、小指を椅子の脚にぶつけてしまった。悶絶したくなるほどいつもなら痛いのに、それどころじゃない。今は小指ごときにヒーヒーしてる場合じゃないのだ。
高杉さんの夕食を作らねばいけないのだから。