フォークを持つ手が震えてしまった。目の前で黙々と食べている高杉さんは、美味しいと思ってくれているのだろうか。ちらちらと顔を上げて伺っているが、なんせ無表情すぎていまいちよくわからない。
食べ終わった頃、ワインを注ぎ直す高杉さんに恐る恐る問いかけてみた。


「あの、お口に合いましたか?」
「…不味くはねえ」


あぁよかった、不味くはないらしい。ほっと胸を撫で下ろしワインを飲み干せば、高杉さんが注いで下さった。


「家事は得意なのか」
「へっ?家事、ですか?」
「お前は一々聞き直さねえと会話が出来ねえのか」
「いいいいや、そういうわけでは……」


挨拶すら無視してた人が急に話しかけてくるからこちらもドギマギしてしまうのだ。決して聞き直さなければ会話が出来ないわけじゃない。


「で、どうなんだ」
「ある程度は、出来るかと」


自信があるわけでもずば抜けて得意なわけでもないけれど、人並みには出来ると思う。元カレと同棲していた時も家事は私だったし。
話を振ってくださったのに黙り込まれ、困ってしまった。ある程度だなんて曖昧すぎただろうか。


「洗濯は出来るか」
「せ、洗濯、ですか?」


洗濯ってあれだよね?洗剤入れてボタン押すだけのアレのことだよね?
出来ると思います、と答えれば急に立ち上がった高杉さんに腕を引かれた。ワインをこぼしそうになったのは私だけの秘密である。
そしてベランダへと出された。夜風がワインによって少し火照った頬に気持ちいい。


「乾燥機もあるぞ」
「は、はい。いつもお借りしています」
「ということは出来るんだな?」
「はい、ボタン押すだけですし」


一体どういう思惑があるのだろうか。
高杉さんを見上げれば前髪が揺れ、眼帯がすべて見えた。少し謎めいてる人だと思う。


「俺のも一緒に洗え」
「はい、そうで……え?俺のもって、高杉さんのを私のと一緒に洗うんですか?」
「嫌なら分けてもいい。俺のも洗ってもらいてえんだよ。代わりと言っちゃなんだが光熱費はいらねえ」


きっと私は今、ポカンと口を開けて間抜けな顔をしていると思う。自分のを洗うついでに高杉さんのも洗濯機に突っ込むだけで光熱費がただになるらしい。なんておいしい話だろう。私はもちろん頷いた。別々に分ける必要もない、言っちゃなんだが高杉さんはイケメンだ。そんな人の洗濯物が嫌なわけがない。これがものすごいデブで汗っかきでハゲてるおっさんだとしたらまた話しは変わるのだけど。


「それだけで、光熱費いらないんですか?それは申し訳ない気がします」


一応私も大人だ。本当は両手上げて喜びたいほど嬉しい話だけれど、申し訳ないとは思っているんですということを伝えた。でもきっと顔はにやけてたと思う。


「じゃあ飯」
「め、し?」
「俺のもついでに用意してくれりゃいい」


……なんと。
必要以上に干渉するなと言って挨拶すら無視していた人の言葉とは思えない。


「あの、今日みたいなワインとか生ハムとか必要ですかね?」
「別にこだわりはねえよ。あぁでも三食納豆ご飯とはやめろよ?」


あと野菜ジュースか乳製品は毎朝出せ、と言われて笑ってしまった。意外と健康的な思考をお持ちらしい。
ふふっと笑ってしまったからか高杉さんがこちらを見た。睨まれたわけではないんだろうけど、不快に感じられたらと思い真顔に戻る。


「お前、名前は?」
「あ、えっとみょうじなまえです」
「晋助だ」


じゃあ明日から頼むわ、と言い私の頭に手を置くもんだからドキリとした。いつも見下ろすようにして私を見るくせに、少し柔らかい表情なんて見せられたからなんだか照れてしまった。
こうしてルームシェア二週間目にしてお互いの名前を知った。

そのまま部屋へと戻る高杉さんがかっこよく見えてしまったのは、きっとこの眺めのいいベランダに浮かぶネオンのせいだと思いたい。