"家賃も光熱費も半分!この夏イチオシ物件"と大きく印刷された文字が目に留まった。条件は夏の3ヶ月間と書いてあるが、3ヶ月でもいい。兎に角私は今、住むところを探しているのだ。
同棲してた彼氏に浮気されていたとわかったのが一昨日、そしてその女と住みたいと言われたのが昨日。住んでいたアパートは彼氏名義であるため、必然的に出て行くのは私だった。新しく住む家が決まるまでは居てもいいと言われているけど、浮気されて別れた男と一緒になんて一分一秒だって一緒に居たくなかった。

不動産屋の前でそのイチオシ物件とやらを眺めていれば、中から銀髪の男の人が出てきた。


「あれ?なになにお客さん?」
「あっ、いや、」
「これ見てたの?いいっしょこれ。お姉さんルームシェアって知ってる?部屋は各自1つあるからプライベートもバッチリ守れる、家賃と光熱費は半々、家事は分担できちゃうっつー優れものなんだよねー」


まあ立ち話もなんだからさ、とその銀髪の人に引っ張られ中へと通された。お茶を出してくれ、先ほどの物件の資料を見せてくれた。


「どう?期間限定っつー条件さえ合えば、悪い話じゃねえと思うんだよねー何か質問ある?」
「はぁ……」


それは駅から程近いマンションだった。室内の写真も見せてもらったが、綺麗だしキッチンは広々しているし、不満は何一つなかった。家賃は半分でいいらしいから8万になるという。悪い話じゃないどころではない、むしろ優良物件だ。
少し悩む素振りを見せながらも頭の中はもうすでに、そのマンションに住む自分を想像していた。この写真のような綺麗なキッチンでパスタなんて作っちゃったりして、生ハムとモッツァレラチーズにワインを合わせ夜景を観ながら夕食を取るだとか。そんな少しセレブチックな自分を想像していた。


「すみません、外の物件のことでお聞きしたいんですけど」
「あー、はいはいどれどれ?」


ちょっと待ってて、と席を立とうとしたお兄さんの腕を思いっきり掴んだ。外の物件ってなに?まさかこの優良物件のこと?!ダメダメダメ、私が住むから!早いもん順だから!


「え?お姉さん?」


痛いんですけど?と言うお兄さんに私はそれ以上説明も聞かずに「契約します、ここ契約します」と言ったのだった。
あ、そう?3ヶ月限定だけど大丈夫?と言いながらお兄さんは私に契約書を渡してくれた。長ったらしい契約書をはじめの3行ほど読んで署名した。しかも今日からでも住めるらしい。これは本当に優良物件だ。

そんな調子でトントン拍子で進んだ新しい住居に荷物を運び、リビングでのんびりしていれば玄関がガチャガチャと開く音がした。あぁそういえばここにはもう一人暮らしていたんだっけ。


「……は、なに、誰だお前」
「え?うっ、そでしょ?え?」


まさかそれが男の人だったなんて思いもしなかった。
リビングを見渡すが必要最低限の家電と家具しか置いていない。これだけじゃここに住むのが女の人か男の人かなんてわからないし、ていうかあの不動産の、なんだっけ、坂田さんだっけ?その人も男の人だなんて言ってなかった。というか詳しく聞くの忘れていた。

こちらをギロリと睨む人に慌てて今日から住むことを伝えればものすごく嫌な顔をされてしまった。


「確かにルームシェアは募集したが、女だなんて聞いてねえ」
「募集……?」
「はぁ?なんも聞いてねえのかよ。ここ俺ん家」


すみませんと慌てて頭を下げる。いや、なに?私が悪いの?また家探し始めなきゃいけない感じ?えぇ、どうしよう。なんだこれ。どうしよう。
テンパった私が出した答えはリビングと玄関を繋ぐ廊下で頭を床に擦り付ける行為だった。


「3ヶ月!!3ヶ月だけ我慢して私を空気だと思ってくれませんかっ」
「土下座してなにわけわからねえこと言ってんだよ、思えるわけねぇーだろ」
「そこをなんとか!!その間に住むところ探すんで。いやこれまじです、本気と書いてマジって読みます」
「邪魔だ、退け」
「退きません、3ヶ月空気だと思うって言って頂けるまで退きません」
「言わねえよ、退け」


嫌です退きません、と何度繰り返しただろう。先に折れたのは男の人だった。少し紫がかった髪から覗く片目がゴミを見るようにも感じたがこの際それは受け入れよう。


「お互いの部屋にはなにがあっても入らねえこと、それから共有部分は散らかすな。必要以上に干渉もするな」


そう言って男の人は自室だと思われる部屋に入って行った。性別以外のことはお互い何も知らないけれど、こうして私は3ヶ月という長いんだか短いんだかよくわからない期間、住居の確保に成功した。