高杉さんと顔を合わせなくなったが、ご飯だけはいつの間にか食べていてくれるようになっていて、気付けばそのまま置いてあった食器も洗ってくれるようになっていた。そして一番驚いたのは洗濯物が畳まれていたことだった。下着も含まれていたし高杉さんはどんな顔でこれを畳んだのだろうと少し笑ってしまった。

ご飯の支度をしようと冷蔵庫を開ければ見たこともない白い箱が入っている。私が入れたものじゃないから高杉さんのものだと思うけど……なんだろうと興味が湧いてしまい、そっと中を覗けばケーキが二つ入っていた。


「冷蔵庫覗いてなにしてんだ?」
「!わっ」


急に真後ろから声がして勢いよく振り返れば高杉さんが立っていた。音もなく背後に立たないで頂きたい、心臓が止まるかと思った。
なんだよ、という高杉さんの声は懐かしく感じた。ほんの何日か会話をしていないだけのはずなのに。
私がケーキを見ていたのが分かったのだろう、食っていいぞと言った。


「これ、駅前の……」
「知らねえ、貰いもん」
「食べないの?」
「二つも食えねえよ」


じゃあ一緒に食べようと言いたかったのに、断られたらどうしようと思ってしまい口を閉ざしてしまった。
高杉さんはそのままコーヒーを淹れてリビングの方へ出て行く。珍しい、部屋に行かないんだ。
ケーキは食べたい、でも私だって二つは食べれそうもない。


「食わねえのか?」


顔を上げれば高杉さんがこちらを見ていた。イスに座りながら。


「高杉さんも、食べる?」
「二つ食いてえならくれてやる」
「違、」
「じゃあ持ってこい」


一緒に食べてくれるらしい。
急いでお皿とフォークを用意した。テーブルへと運べば久しぶりに向かい合って座ることになった。
目の前に座る高杉さんは至って普通で、気まずかったのが嘘のようだ。


「なにジロジロ見てんだ?」
「あっ、えっと、洗濯物……」


洗い物ありがとうでもよかったのに、洗濯物と言ってしまった。下着、見られてるんだった!


「気にすんな」


そう言われても気になってしまう。もっと可愛いやつにしとけばよかったとか、こないだのやつ上下バラバラだったよなとか。
思い返せば恥ずかしくなって、ケーキを食べることに集中した。今度から下着も気をつけよう。


「そんながっつくほど好きなのかよ」


喉を鳴らすように言われて顔を上げれば、高杉さんが笑っていた。数えるくらいしか見たことないその顔にドキリと胸が鳴る。


「餓鬼」


そう言って私の大事に取っておいた苺をパクリと食べられた。苺を食べられたのに、なにも言葉が出てこない。
やっと、やっとまた話せるようになったのに。明後日にはもうこの家を出て行かなきゃ行けないのか。


「高杉さん」
「あぁ?」


ケーキを食べながら、少しこちらに視線だけ寄越してくれた。言ってしまいたい言葉が喉に突っかかる。言いたい、でも言ってしまったあとが怖い。あと丸々二日もあるのだ。二日しか、と思っていたのに拒絶されることを考えればその二日が異様に長く思えた。


「なんだよ」


今度は顔ごとこちらに向けてくれた。前髪から覗く視線が痛いくらいに突き刺さる。


「あ、」


言おう言おうと口を開いたのに、うまく言葉に出来ない。口を閉ざしてしまえばもう、言おうなんて思えなかった。このまま気持ちは伝えない方がいいと、そんな風に思えてしまう。


「ケーキ美味しい、ありがとう」


夕飯は何がいい?と少し早口で言えば、高杉さんは「あさりしか入ってねえパスタ」と言った。


「なにそれ美味しいの?」
「作ったことあんだろ」
「え?あさりしか入ってないパスタ……?」
「ボンゴレつってたぜ、お前」


思い出した!初めてここで作ったやつだ。ククッと口元に手を持っていきながら笑われて、馬鹿にされているのだと気付いた。


「あれは一人で食べるつもりだったから手を抜いただけだよ」
「じゃあ今日はちゃんと作ってみろよ」


期待してるぜ?と意地の悪そうに笑われたのに頬が熱くなってしまう。バレてしまわないように俯きながらキッチンへと逃げ込んだ。
俯いていたからか、視線がゴミ箱へといってしまった。貰いものだと言ってたくせに、ケーキ屋さんのレシートが見えて笑みが溢れた。

ボンゴレの材料を一緒に買いに行こう、と誘えば仕方ねえなと言いたそうな顔をしながら腰を上げてくれるからもうこのまま明日が来なければいいのにと願ってしまった。