月島の彼女ってどんなやつ?

そんな質問を突然受けてワイシャツを畳んでいた手が止まった。部活前の部室には僕と田中さんしか居ない。彼女がいることは山口しか知らないはずなのに、と舌打ちをしそうになった。

「別に普通ですよ普通」

「中学から付き合ってんだろー?さっき山口が言ってた」

ほらやっぱり山口だ。勝手に人のプライバシーを喋るなんて彼には後でキツく言っておかなきゃいけないことがあるなと一人頷く。すると田中さんはジャージを履きながら「月島に彼女とか想像つかねえよな」と言った。悪かったですね、僕に彼女が居て。

「別に高校生にもなれば彼女くらい居てもおかしくないですよ」

嫌味のつもりはなかったが、結果嫌味になったらしい。田中さんが「こちらこそ悪うございましたですね彼女の一人二人居なくて」とメンチを切りながら顔を迷惑ってくらい近づけてきた。ちょっとやめてよ近いって。サポーターに足をくぐらせながらすこし後退がる。

「どんな子だよ。ほら、先輩命令」

写真見せろよ〜と両手をごにょごにょ動かしながら徐々に近づいて来られて壁際へと追いやられる。ほらね、絶対面倒臭くなるって分かってたんだよ。だから誰にも言わなかったし(山口は中学一緒だから仕方ないとして)、だから学校付近では会ったりしなかったのに。ここでやり過ごしてもきっと田中さんは部活後も言ってくるんだろうなと思った。だったら煩い奴らがいない今の方がまだマシなのかなって。

「大して面白いものでもないですけどね」

そんな見たがるほどのものじゃない。携帯からついこないだなまえが強引に撮って頼みもしないのに送ってきた写真を見せてみた。もちろん一番ブレてるやつ。田中さんは「うおおおおお」と叫んで目を光らせながら画面を覗き込んで、それから「は?」と間抜けな顔をした。失礼な人だねまったく。人の彼女見せろなんて迫っといてそんな顔されたら堪ったもんじゃないよね。急いで携帯をしまって「だから言ったじゃないですか、普通だって」と少し早口で言えば田中さんは違えよ!とやっぱり大きな声で言った。この人適切な声量って知らないの?

「タイプ違くね?つか月島って彼女とツーショとか撮るタイプ?」

「はい?」

「ちょ、もっかい見せてみ?ほらもう一回」

「嫌です」

「いいだろ減るもんじゃねーし」

「減ります。僕の中の何かが減ります」

見せろよ、嫌です、見せろってば、嫌です。
そんな攻防を繰り広げていれば「遅い」と菅原さんが部室へやってきた。助かった、これでこの面倒臭いことから解放されるとホッとしたのも束の間、田中さんが馬鹿でかい声で月島の彼女が、なんて言うもんだから他の人たちも集まって来ちゃって…結局部活までの時間、囲まれて写真を何度も見られる羽目になった。ほっんとうに迷惑極まりない。

「名前は?名前なんつーの?」

「チビに教える義理はない」

「んだと、月島のっぽ!」

「なにそれ羨んでるの?僻み?」

「いいじゃねーか!名前くらい教えろよー」

「嫌です。名前くらいっていうか、写真見せましたしこれ以上は相手のプライバシーもありますし」

「悪用なんかしねーっつーの」

「西谷さん、携帯そろそろ返してもらえますか」

「月島ってもっと大人っぽい子がタイプなのかと思ってたよ」

「昔から言うじゃないですか。馬鹿ほど可愛いって。そんなもんです」

左右から次々に投げかけらる質問を適当にあしらっていれば奥の方から「じゃあ月島って一年で唯一童貞じゃないんだ?」と聴こえて「は」と声が漏れた。あ、やばい。今のは聞こえないふりしておくべきだった。絶対に。

「だってそうだべ?中二から付き合ってんならもう卒業してるんでしょ?」

さわやかな笑顔とは似ても似つかない話題を振ってきた菅原さん。名前教えろと言っていた田中さんと西谷さんコンビが「そこんところどうなんですかコラ。後輩のくせにそこだけは先輩面すんですかコラ」と顔面まで騒がせて迫ってきた。ああ面倒臭い。この場合はなんて答えようか。真面目なお付き合いをしてるんで、とか?もういいや無視して体育館行っちゃおうかなと立ち上がろうとした時、視界の端に耳まで赤くした王様が映った。ぷっ、なに想像してるんだか王様は。

「まあ、そりゃもうすぐ3年になるんで」

王様の方を向いてそう言えば、王様は勢いよく顔を背けた。だからなにを想像してるの?やめてね、勝手に僕の彼女でそういう想像するのは。
うおおおおおおと騒ぐ先輩たちの間をすり抜けて体育館へと向かう。実際まだそこまでしてないけど。ぎりぎりまではしてるし強ち嘘ではないはず。
はあ、煩かった。
体育館に着いてもまだ部室が騒がしいのが分かってあの人達って本当に暇なんだなと思った。僕が体育館に来るなり山口は「ごめんねツッキー」と申し訳なさそうな顔して謝ってきた。

「別に。面白いのも見れたしいいよ」

先ほどの王様の顔を思い出してニヤっとすれば山口は「ツッキー?」と不安そうな顔をする。あとで揶揄ってやろうかなと思っていたのに、部活後またもや質問攻撃に合い、尚且つ山口がぽろっと名前を教えたりなんかしたもんだから僕が揶揄われる羽目になった。その日から事あるごとに「なまえちゃん元気?」と話しかけてくる田中さんと西谷さんはしばらく僕に近づかないでもらいたい。

「ご、ごめんねツッキー」

「…なまえに試合日程とか教えるのやめてね。来られたら困るから。これ以上勝手に騒がれるのはムカつくから」

「あ、あのさツッキー…そのことなんだけど…」

次の練習試合になまえが来ちゃって先輩たちと仲良くなり僕の平穏は完璧に崩れた。

「へいへいへいへーい!なんだなまえちゃん、月島と違ってノリいいな。へいへいへいへーい!」
「へーい!ツッキーも本当は一緒に騒ぎたいですよ騒ぎたいけどクールぶって我慢してるんですよ。ね、ツッキー」
「…ツッキーって呼ばないでくれる?」
「えー」
「調子乗って騒ぐのやめて。君の彼氏である僕まで馬鹿だと思われる」
「なあに蛍くん、ヤキモチ?ヤキモチ妬いてる?」
「言葉の意味そのまま受け取ってくれればいいよ。馬鹿が移る」
「てかそんなことより彼女の存在を内緒にしてたんだって?まさか他校なのをいいことに浮気とかしようとしてたんじゃないでしょうね!許しません!」
「そんな面倒臭いことしない」
「いや〜蛍くんモテるからなあ。かっこいいからなあ」
「…ちょっと黙って。田中さんがムカつく顔してこっち見てる」
「な、の、で。先ほどその田中さんとあの西谷さんと連絡先交換しましたあ!蛍くんが浮気したらすぐ教えてもらえることになりましたあ!そんで今度私の友達と一緒遊びに行、」
「はい、その連絡先消しました」
「ちょ、何してるの蛍くんんんんんん」

ほらね。だから言いたくなかったんだよ彼女がいること。僕は結構面倒臭い男だから。女子校に行ったから安心してたのにこれじゃあまた心配事が増えて困るデショ。

平穏の崩壊