「敦、起きて?ね、敦」

「んー、あと10分」

毛布を頭までますっぽりかぶり、枕にぐりぐりと顔を押し付けている敦を可愛いと思えるのは余裕がある時だけだ。
太く筋肉質な腕が私を抱きしめているから、私も布団の中でぬくぬくしているわけで…。

「いやまじで、本当に!!バイト間に合わないんだってば」

起きてよ、起きて。と厚い胸板を押してみてもビクともしない。だから昨日早く寝なね?って言ったのに。あぁもう。氷室さんになんて言おう。

「あーつーしー!!今日氷室さんと二人しか立ち上げいないんだよ?私が遅刻したら氷室さんが大変になっちゃうんだよ?」

敦、氷室さんのこと結構好きでしょ?
んんっと縮こまったかと思えば眠そうに目を擦りながら敦がおはようと言った。

「おはよう。起きた?退いて?もう、結構ギリギリだからっ」

「……いいじゃん、遅刻すれば」

「無理。氷室さんしかいないから」

人数が他にいたら遅刻してもいいってわけじゃないけど……朝の立ち上げは二人でも忙しいのに、氷室さん一人になんてさせられない。逆の立場だったら私泣くね、確実に泣くね。

「久しぶりに会った彼氏より室ちんのほうがいいんだー?」

「そんなこと言ってないでしょ。敦が泊まりくるって言うから三時間しかバイト入れてないんだよ?だからね?お願い」

あぁ本当に時間がない。朝のシャワーはもう諦めよう、昨日寝る前にお風呂入ったし。化粧する時間あるかな?

「やだ。三時間もじゃん」

「しか、でしょ」

腕の中から出ようと必死に身体をよじらせていれば、敦はむっとしたように顔をしかめた。

「ウザいー。俺は三時間"も"なまえちんが他の男と一緒にいんの嫌なのに。なまえちんは三時間"しか"なんだもんねー」

ギュウっと私を抱きしめていた腕に力が込められる。敦が少し力を入れれば私は身動き一つ取れなくなっていた。痛いくらいだ。

「そんなこと言ったって……それに、氷室さんだよ?敦の大好きな氷室さんだよ?」

「室ちんだって男だし」

「そりゃそうだけど……敦が言ったんじゃん、俺の知ってる人ならまだ許せるって。だから氷室さんと同じバイト先にしたのに」

今は本当にこんな話をしている場合じゃないけれど、敦が機嫌を直して力を緩めてくれなければ私は布団から出ることすらできないのだ。
ね?敦、分かってくれる?と、子どもをあやすように優しい声を出してみた。

「その言い方ムカつくー」

「ハァ?なんでよ。私だって今こんな優しくゆっくり話してる場合じゃないんだよ?」

「なんかー、どうにか丸め込んで室ちんに会いに行こうとしてる感がすごい伝わってきた、ウザい」

「会いにって……そうじゃなくてね?あぁもうこんな時間、敦、本当に放して、氷室さん困っちゃうよ」

私も困っちゃうよと思ったけれど言葉にはしなかった。言葉になんてしたら「ほら、室ちんに会いたいんじゃん」とかわけのわからないことを言われかねないからだ。

「どうしても行くのー?俺が嫌だって言っても?」

ギュウっと私を抱きしめる敦は可愛い、可愛いけどこれとそれとは別だ。
行くよ、でもすぐ帰ってくるよ?敦がもう一回寝てる間に帰ってくるよ?といえば急に腕を離された。

「もう化粧する時間もないねー、今日はスッピンだねー」

「あ、敦?」

「その顔じゃ、みんなびびっちゃうんじゃない?」

……この野郎め。にやにや笑いやがって。
私は慌てて支度をした。時間はないけれど眉毛くらいは描いた方がいいと思う、一応接客業だし、私ももう高校生じゃないんだし。
行ってくるからね?と声をかければ敦もなにやら着替えている。

「どっか行くの?」

「俺も室ちんに会いに行くー」

「えぇ!?」

「だって化粧してなくてもなまえちんはなまえちんじゃんー、俺みたいにモノ好きがいるかも知んないでしょー」

だから俺も行くーと本当に敦はついてきたのだった。
時間ギリギリにタイムカードを押せば、氷室さんが驚いたようにこちらを見る。

「あれ?敦も一緒?それに二人とも汗だくじゃないか、どうしたんだ?」

「うん、いろいろとね。気にしないでください」

「ハハッ、そうか、敦遊びにきてたのか。なまえも大変だね」

クスクスと笑う氷室さんに朝の出来事を話しながら開店準備を進める。敦は事務所で待っててもらった。

「愛されているじゃないか」

「なんか最近本当に過剰というか、なんというか」

「あぁ、そうか、あれか。俺がなまえはキュートだねって言ったからかな?」

「なるほど、氷室さんのせいか」

「敦も可愛いね、俺がなまえを狙ってるかもだなんて」

「ちゃんと訂正しといてくださいよ、動物を見て思うみたいなキュートだって」

「言っておくよ。そのうち立ち上げ一人でやらされかねないからね」

楽しそうに笑う氷室さんを見ながら、あぁ、敦って本当に私のことが好きなんだなと思えば朝から眉毛しか描けなかったのも、朝から汗だくになって走ったのもまあいいかと思えてしまった。

妬いてるんじゃなく心配してるんだ