▽ Gとおばけ
銀時と帰宅時間が合うのは稀で、基本的には私の方が早かった。銀時の部屋の前を通り過ぎ電気がついていないのを確認しては、また残業してるよと無意識に思うのが日課だった。
部屋でのんびりテレビを観ていれば足音が聞こえて、銀時が帰ってきたのだと分かる。時計を見ればもう22時を過ぎていて、本人に届くわけでもないのにお疲れ様なんて声に出してしまった。そんな自分が馬鹿馬鹿しく思える。諦めなきゃと思えば思うほど、壁一枚向こうの銀時に会いたくなった。起きていれば会いたくなって、一目顔を見たくなってしまうから、もう寝ようといつもより早く部屋の電気を消した時、いつもなら聞こえない物音に肩が跳ねる。
「な、に…?!」
銀時の部屋からしたその物音に驚いて、急いで部屋を飛び出した。何かあったのかも?!なんて物音一つで大袈裟だと思われるかも知れないが、無事を確認しないと寝れそうもない。インターホンを3回連続で鳴らせば中から「あんだよっ!!」と乱暴な声が聞こえて安堵した。
「なになになに!時間考えろってーの」
ガチャと開いた玄関から中を覗き込む。何かあった?!と聞けば「はあ?」と銀時は大きく口を開いた。
「なにかってなんだよ。Gが出たから殺してただけだけど?!」
「G?」
「ゴキブリだよゴキブリ」
ほら、と指さされた方には丸められた新聞と殺虫剤。ああなんだゴキブリが出ただけかと安心からか力が抜けていく。
「煩かったか?」
「いや、物凄い音がしたから…」
「あー。トドメ刺してた」
ちょうどG暗殺グッズがソファーの下に見えて、どんなトドメの刺し方をしたのか想像ついた。いい歳してソファーの上からトドメを刺したらしい。なんだ良かった、何かあったわけじゃなかったのかとGにご愁傷様ですと両手を合わせた。
「…もう寝るとこ?」
「え?ああまあ、うん」
「アイスあるけど食う?」
「え?」
どうせ来たんだから上がってけば?と言われれば断る理由なんてない。まさか銀時からそんな言葉が出るとは思っていなかった。こんなことならこんな寝る寸前の格好じゃなくてもう少しまともな格好してくれば良かったと少し後悔した。
「きなこ棒アイスといちごアイスと〜ああお前これ好きだったよな」
ソファーに座っていれば冷凍庫から銀時がアイスを出して来てくれた。お前好きだったよなと渡されたあずきバーに首をかしげる。
「別に私これ好きじゃないよ」
「はあ?いっつも食ってたじゃん」
「そうだっけ?」
嫌いじゃないけど好きなわけじゃないんだけどなあ、と不思議に思いながら封を開けて思い出した。銀時が小豆を好きだと聞いて、一時こればかり買っていたこともあったのだと。その瞬間恥ずかしさで体が熱くなる。銀時に赤くなった顔がバレないようにリモコンに手を伸ばし勝手にテレビをつければ、夏によくある世界の恐怖体験をまとめたテレビがやっていた。
「銀時こういうの苦手だったよね…って何?!」
おちょくってやろうと隣を見れば、私の腕に顔を押し付けてガタガタ震えてる銀時。「べべべつに苦手とかじゃねえし!ただアイス食ってたら寒くなってきたから、ちょっと暖を取ってるだけだし!」と言いながらもがっしりと掴まれている腕。顎に銀時の髪がふわふわと当たって擽ったい。
「びびってんじゃん」
「何言ってんだよ、びびるわけねーだろ。こんなん合成に決まってらー」
そう言いながらもテレビの悲鳴に合わせてギャーと悲鳴をあげる銀時。痛いくらい掴まれたはずの腕なのに、離して欲しくないなと思えてしまう。ふふっと笑った私を恐る恐る開いた目で睨む銀時は子どものようだ。
「まだ恐いの?こういうの」
「だから怖くねーっつーの!」
「へえ〜じゃあ音量上げていい?」
「ばっか、やめろ!近所迷惑だろーが!」
「銀時の声の方が近所迷惑じゃん」
怖くない怖くないという姿が昔と被る。夏はいつも一緒に心霊番組を観ていた。一生懸命お兄ちゃんぶって震えながらも一緒に観てくれていた銀時。あの頃も私は銀時が好きだったよなーなんて。
「ねえ、腕掴まれてたら帰れないんだけど」
「はっ?帰る?!」
「アイス食べ終わったし」
「いいっていいって、泊まってけよもう!」
「はい?!」
「なまえこういうの観た後夜中トイレ行けなかったろ?な?泊まってけって」
「いつの話してるの。小学校前の話じゃんそれ」
「もう社会人なんだぞ?寝ションベンなんか恥ずかしいだろ?布団干せねーぞ?」
「いやだから…」
「頼むから泊まってけよォォォオオオ」
…ここまでビビリだったっけ?腕にまとわりつく銀時に苦笑いをしつつも心の中では勿論ガッツポーズである。まさかこんなイベントが舞い降りてくるとは思わなかった。しかしここでわーいわーいいいの?泊まってもいいの?なんて喜ぶわけにはいかない。少し呆れたように、わざとらしく「仕方ないな〜」と笑った。
「ベッド狭くない?」
「俺ソファーで寝るから大丈夫だろ。電気点けて寝るからな!消すんじゃねーぞ!」
「はいはい消さない消さない」
お風呂さえも恐いからと言う銀時のために脱衣所でひたすら歌を歌っていた私は、飛んだお人好しかも知れないが本人は幸せいっぱいだった。