洗い物くらい任せろ

ふぅ、と首を回しながらマンションの階段を上る。社会人としての自覚だとかそんなものは未だに身についていないけど、どうにか働くということに慣れてきた。今日も疲れたなーとコンビニで買ってきたカップ麺をぶら下げてバッグから鍵を取り出していれば丁度帰ってきた銀時と玄関先で顔を合わす形となった。

「おーお疲れさん。帰り?」

「銀時もお疲れ、おかえりー」

ガチャと鍵を回してさっさと入ればいいのに、好きだった人…いや今も好きな人と会えたことにより疲れが吹っ飛…びはしないものの嬉しくて顔が緩む。銀時も玄関の鍵を開けていた。そして私の方を見て顔を歪ませる。

「お前またカップ麺かよ」

「え?」

「こないだもカップ麺持ってたろ。知ってっか〜?カップ麺って防腐剤とか入ってんだぞ」

…いつからそんなに健康志向になったと言うのだろうか。煩いなあと言いつつ銀時の手にぶら下がっているスーパーの袋を見て目を見開いた。あのズボラで基本めんどくさいが口癖の銀時の手には、どう見ても自炊用の食材がぶら下がっている。

「料理好きだったっけ?」

「別に好きでも嫌いでもねーけど?」

袋から透けて玉ねぎじゃがいも白滝人参が見える。ああ、あといちご牛乳。今日はなに作るの?と聞けば肉じゃがと返ってきて急に肉じゃがが食べたくなった。

「お肉は豚?牛?」

「うちは代々豚です〜」

「ほうほう。私も代々豚肉派だよ奇遇だね」

いいなあ肉じゃが。いいないいな。私もカップ麺はそろそろ飽きたなって思ってたんだよ。
銀ちゃ〜んと、小学生ぶりにそんな呼び方をすれば銀時が眉を寄せて怪訝そうな顔をする。

「なんだよなまえちゃん」

怪訝そうな顔をしたくせに、銀時までもが昔のようになまえちゃんなんて呼ぶから…顔面が熱くなる。少し早くなった鼓動を無視して「肉じゃが食べたいです」と言ってみた。

「カップ麺があんじゃねーか。お前にはカップ麺がお似合いだぞ。ビックサイズって、女としてどうよ」

「うっさい。お腹空いたの!お昼ご飯もゆっくり食べれなかったし」

「朝飯も食わねーじゃんお前」

「だからお昼はちゃんと食べようとしたんだ、けど」

今日はやらかしちゃったからというのは言いたくない。絶対に追いつかない年の差を少しでも誤魔化したくて背伸びした。

「OLはサラダがご飯なんだよ」

「仕事できる女はちゃんと飯食うっつーの」

何かを少し悩んだかのように真剣な顔をした銀時が「まあいいか」と呟いた。なにが?と首を捻った私になんでもねーよと言った銀時。納得できず眉を寄せてみる。

「なにぶっさいくな面してんだっつーの。ほら、鍵閉めろ。飯食うんだろ?」

「えっ?」

「片付けはしろよ。洗い物くらいできんだろ」

「で、できるよ!!」

「皿割るんじゃねーぞ」

そう言って家の中へ入った銀時を慌てて追った。
二度目の銀時の部屋は、実家の頃とは違い整理整頓されていてそわそわした。前は漫画が積み重ねられていたり、飲み終わったジュースのゴミとかお菓子の包み紙とかがその辺に転がっていたのに。これが大人になるということなのか、なんて思ってみたり。

「なにぼけっと突っ立ってんだよ。手伝え〜」

部屋に入るなりしんみりと銀時の成長に浸っていれば、後ろからチョップをされ頭を抑えしゃがみこむ。そんなに痛かったわけでもないのに「痛いなー」と口を尖らせてみれば「はいはい、じゃあじゃがいもの皮向いて」とじゃがいもが投げ渡された。
野菜を切る銀時の隣で皮を剥く。広いわけじゃないキッチンは二人で立つには窮屈で、しかしそれによって触れそうになる肘にドキドキしたりしなかったり。
シンクにぼんやり映った私と銀時。新婚さんみたい?と覗き込んで苦笑いしか出なかった。

「なに笑ってんだよ、気持ち悪ーな」

ぶるっとわざとらしく身震いをした銀時にドーンと体当たりをしてなんでもないよと笑う。
シンクに映った二人は新婚さんというよりも仲の良い兄妹みたいだった。
"お前の好きはお兄ちゃん好きっつーブラコンだろ"
あの日銀時が言った、私の告白への返事が頭の中で流れ出して埋めることのできない年の差に中指を立てた。