やあやあ、久しぶり

4月。新生活を始める人も多いこの季節。私も例に漏れず長く楽しかった学生時代と別れ、社会人として新しい生活を迎える。初めての一人暮らしに少しの不安とそれ以上に膨らむ自由への期待。荷ほどきを終え、一息つきながら隣の人へくらいは挨拶に行こうかと考えていた。
駅から徒歩20分、築8年のワンルームマンションの最奥の角部屋。隣の人が怖い人じゃなきゃいいけど…と挨拶用に購入した物を手にインターホンへと手を伸ばす。今日は日曜日、もしかしたら留守かな?とまだ見ぬ隣人にドキドキと胸を高鳴らせた。

「はいはいどちら様〜?」

「っと、隣に越してきた、」

言い終わるよりも先に開かれた玄関。声からして男の人だったよね?と手にした箱に力がほんの少しこもる。ひどい人見知りというわけじゃないけど緊張はするよなあと小さく深呼吸をして顔を上げた。

「…あれ?なまえ?」

「…え?」

ぼりぼりと頭を掻き眠そうに欠伸をしてる男。伸びきっているスウェットがとてつもなく似合う男は私を見下ろし「久しぶりだな」と言った。

「何してるのこんなところで」

「いやここ俺ん家。お前がインターホン鳴らしたんだろうが。お前こそ何してんの」

「引っ越しの…挨拶に…」

「あーそう、なに、隣に越してきたのってなまえだったわけ?お前さ〜日曜の朝っぱらから引っ越しなんかすんなよ。物音で3回も起きちまっただろーが」

朝っぱらと言われるほど非常識な早朝に引っ越しをしてたわけじゃないんだけどと言い返したい気持ちをグッと堪える。目の前でスウェットをめくり上げ、腹を掻く男を少し睨んで溜息を吐いた。

「銀時が隣だって知ってたらこのマンションなんか選ばなかったのに」

「相変わらず可愛くねえ奴」

鼻をほじりながら「で、それ何?」と目線だけ私の手の中にある箱に向けられた。ああ、と一応形だけでも取り繕い御挨拶と書かれたのしを銀時の方へ向け直す。

「食いもの?」

「んや、タオル」

「タオルなんか腹の足しにならねーだろ」

「腹の足しにして貰うために挨拶してるんじゃないんだけど?!」

要らねと言われて尚腹が立った。じゃあいいともう一度睨み上げれば銀時はああそうだと口を開いた。

「新社会人おめっと」

ぽんぽんと頭を叩かれてどきりとした。最後に銀時と顔を合わせた時も頭を撫でられた、気がする。

「…ありがとう」

「おー」

そう言って目を細めた銀時に、ここ2、3年忘れ去っていた感情が思い起こされた。なんて迷惑な話だ。
そのまま自分の家へ戻り玄関の鍵を閉めた。渡せなかったタオルを見ながら、つい今しがた起きた出来事に溜息を吐く。

「あーあ」

まさか、幼馴染兼初恋の人とまた隣同士になると思わなかった。まさか、振られてから3年が経ったのにまだ自分が銀時なんかにドキドキさせられるとも思わなかった。まさかまさか、頭を撫でられることなんて小さい頃からよくあったことなのに今更目も合わせられなくなると思わなかった。

「くそぅ…まだ好きとか」

春、出会いと別れの季節。3年前の春にさよならしたつもりの初恋が、まさかの形で再熱。
積み重なった段ボールを眺めながら、明日から始まる社会人生活に少しの不安と隣人への期待に胸を躍らせた。