ハッピーエンド

えらく上機嫌なお母さんに「銀ちゃんと仲良くね」なんて意味有りげな笑顔で見送られて、一泊二日の実家を後にした。電車に揺られながら銀ちゃんへと持たされたお土産を眺める。今は気まずいというのに、一体どんな顔してこのお土産を渡そうか。

「「あ」」

駅の改札を抜けた先で揺れる銀髪。パチリと合った視線にどちらかともなく声を上げた。

「おかえり?」

「…ただいま」

どこかに出掛ける予定だったのかな?それとも今帰り?駅で会うなんて偶然とは恐ろしいものだと銀時の隣に立つ。

「どこか行くの?」

「んや。迎えきた」

「…え?」

迎え…?キョトンとして見上げた銀時の横顔は少し赤くなっていて、瞬きが多くなってしまう。迎えってなに?私のこと?まさか、まさかね…?

「なにそれ」

「え?ああ、これ!お母さんから!」

なにそれと指差された紙袋。お母さんから銀時へのお土産らしい。中身はなんだか知らないけどやけに重かったと銀時に渡した。

「飯食ったか?」

「ううんまだ」

何か合図をしたわけでもなく、でもほとんど同じタイミングで歩き出す。きっと迎えに来たのはお母さんから何か連絡を受けて幼馴染としての使命感からだろう。二人無言で夏の夜風を受けながら歩いていれば、銀時はなにも言わずにスーパーに入っていった。え?と慌てて私も後を追う。カゴを持った銀時が「なに食いてー?」と振り返った。

「なに?作ってくれるの?」

「まあ俺も夕飯まだだし?ついでだついで」

よっくわかんないなーこの人は。そんな風に思いながら食べたいものを思い浮かべる。
私が銀時とどうこうなりたいと欲を持たなければ私たちは普通の幼馴染よりも仲が良い。恋人なんてすっ飛ばして夫婦に見えるくらいには仲が良いと思ってる。豆腐を取ろうと伸ばした手が視界に入って、例の腕時計が見えた。

「…それ、使ってんだな」

「え、ああ、うん、まあ」

慌てて腕を後ろへ回した。この腕時計に深い意味なんてないこと分かっているけど、でも嬉しくて浮かれてめちゃくちゃがきくさい格好なのにつけちゃったりなんかして。
もう必要以上に銀時を困らせたくなくてヘラっと笑ってみれば銀時は「お前さー」と溜息を交えて口を開いた。

「牛肉見てそんなキラキラした面見せても無駄だかんな。肉が食いてーなら豚にしろ豚」

「なっ、ちがっ、」

「なんでもねー日に牛なんか食えると思うなよ?」

「思ってないよ!!」

肉売り場前でギャーギャー言い合う成人済み男女。周りの人がクスクスと笑いながらこちらを見ていて恥ずかしくなる。

「銀時のせいで笑われてる」

「いーや、牛肉見ながらニヤついてるなまえのせいだね」

「絶対銀時のせい」

「んーやなまえのせいだろ」

そんなレベルの低い言い合いに子どもが「お母さん、あの人たち喧嘩してる」と言った。それに対してその子のお母さんが「あれは痴話喧嘩って言うのよ」なんて言うもんだから二人顔を見合わせて笑った。
結局夕飯のメニューはしゃぶしゃぶ(豚肉オンリー)になって、銀時の部屋で食べることになった。

「相変わらず片付いてるね、銀時の部屋」

「そりゃーな。お前とは違って俺はできる大人だからなー」

ほら鍋出せ鍋、と軽く足蹴りを食らって私も夕飯の準備に取り掛かった。慣れた手つきで野菜を切る銀時の隣で、いつか銀時に彼女ができて私がこうして隣にいれなくなるまでは好きでいてもいいかな?なんて思って…

「っおい、はあ?っんで泣いてんだよ!」

「あれ?えっ?本当だ、なんで?」

「いやそれ俺のセリフ!鍋出しただけのくせにどこに泣く要素あった?!」

ポロポロと流れ落ちてくる涙を必死に手で拭う。いや私も意味分からないよ、なんで泣いてるんだろう。ネギを片手にオロオロし始めた銀時が、泣く私をどうしていいか分からず抱きしめやがるもんだから余計に涙が溢れてしまう。諦めなきゃ諦めなきゃ、期待するのも欲を持つのもやめなきゃって思うのに、銀時はいつだって…

「銀時はさっ、いつまで私のこと子ども扱いするのっ?」

「はあ?子ども扱い?!」

顔にくっつく胸板をドンドンと激しく叩く。
こうやって抱きしめるのも私を子ども扱いしてるからだ、泣き出した子どもを落ち着かせるためにこういうことをしてるんだと、握りしめた拳に力がこもった。

「私は銀時のことが、」

好きなのに銀時は私を子ども扱いして、というのは泣いていても言えなくて喉の奥で突っかかった。言えない苦しさから嗚咽交じりに涙はより一層流れる。こういうところがガキ臭いんだろうと自覚しているけど涙は止まりそうもなかった。

「落ち着けって。なんなのお前っ、急に泣き出すんじゃねーよ」

「急じゃないっ!」

「急だろーが!そんなに牛肉食いたかったのかよ!」

見当違いなことを言い出す銀時にもっと泣いてやった。すると銀時はオロオロしながら「わかったわかった、お前の部屋も綺麗だって」なんてもっと見当違いなことを言い出す。

「全然違うし!全然分かってないし!」

ああ本当私ってめんどくさいな。子どもみたいに声上げて泣いて、馬鹿みたい。そりゃ銀時も女としてなんか見れるわけないわ。いい年してみっともない。
泣きながら自己嫌悪になって、段々今更どんな顔して泣き止めばいいのか分からなくなった。もういいや、考えるのもめんどくさいと思考が停止する。

「言わなきゃわっかんねーって!なんで泣いてんだよ」

子どもを安心させるように私の頭を撫でる銀時に、突っかえていた言葉がするりと出てしまった。「銀時は私のこといつになったら女として見てくれるの」なんて鼻水をズビズビすすりながら。

「…は?」

ピタっと止まった手、緩まった腕と離れた体。
ああまた困らせた、分かっていたけどまた私は銀時を困らせてしまった。そう思えば余計に自己嫌悪から涙が溢れ出る。もうこの理解不能な涙を止める術が分からない。

「女として、って?えっ?」

はあ?と人の目の前で有り得ないほど大きな声を出したその男はネギを片手に、その場へへなへなとしゃがみ込む。それを見下ろす形で嗚咽しながら泣きじゃくる女。

「待って、え?なに?お前って、俺のこと…ええ?!」

白々しいわ、と言いたくなるほど大袈裟に驚く銀時に3年前も告ったもんと言えば「いやだってあれは違うだろ」とかなんとか、ぶつぶつ言っていた。
それから私が泣いて泣いて、瞼が重く腫れるまで、銀時は一人ぶつぶつなにかを唱えていたけど私が泣き止んだのに気づいておもむろに立ち上がった。

「いろいろ確認してーことはあんだけどその前に」

"その腕時計の意味って分かってる?"
そう言った銀時は頭をぽりぽりと掻きながら、今まで見たことないほど真っ赤な顔をしていた。
end.

「"同じ時を刻もう"とかすっごいキザ!だめ、今思い出しても笑っちゃう」
「おいてめー!腹抱えて笑ってんじゃねーぞこのやろー!!」
「だって、あんなっ、耳まで真っ赤にしてさ!同じ時を、きざっぶっ」
「…てってめーだってあの時鼻水だらだら垂らしながら"銀時が好きなの大好きなの〜"とか言ってたじゃねーか!そんなに俺が好きだったなんてね、こっちもびっくりだわ!」
「なっ!あれは銀時が握ってたネギが目に染みて泣いてただけです〜それに好きとは言ったけど大好きとは言ってません〜捏造だ捏造!」

あれから2年。私たちは幼馴染から恋人、恋人から夫婦として変わらずふざけ合っている。それはまた別の話。(続きません)