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なんだかよくわからないまま連れてこられた沖田さんの家。かなり久しぶりなのに、以前来た時と何も変わっていないその様子ににやける頬が抑えきれなかった。


「適当に座…なに深呼吸してんでさァ。気持ち悪い」
「いえ、あのっ。今度いつお邪魔できるか分からないので兎に角全身で沖田さんを感じておこうと」
「気持ち悪い」
「ですよね!!すみません!!」
「そんな笑顔で力強く言われっと余計に気持ち悪い」


うげっとわかりやすく顔を歪めた沖田さんに、もはやにやけ顔を隠す努力を放棄した私はふふっふふっと不気味な笑みを浮かべていた。どうして家へこんな時間に連れてこれたのかは理解できていないけど、俺ばっか馬鹿みたいの意味も全く分からないけど。沖田さんが帰るなって言ってくれたので喜んで家へついて来ました。


「なんか飲むかィ」
「いえ!お気になさらず」
「…いい加減深呼吸すんのやめろィ」
「あだっ」


後ろから頭を叩かれた。痛いっと抑えれば嘘こけと呆れたように見下ろされてしまった。でもいい、なんかよく分からないけど沖田さんが私を家へ入れてくれた。しかも2回目…!嬉しすぎて震えてしまいそうだ。


「それで」
「はい?」


顔をあげれば私の鼻をつまむ沖田さん。もうこんなスキンシップは慣れたものである。鼻なんてものは摘まれるためにあるんです。


「なに隠してんでさァ」
「べべべべ別になにも?」
「分かりやすく吃ってんじゃねェーや。もっと上手に嘘つきなせェ」
「嘘なんかじゃ、」
「嘘ついてたら二度と会わねェ」
「ごめんなさい嘘つきましたすみません」
「よし、少しは利口になったじゃねェーかィ」


ニッと笑顔を向けられてもうサプライズなんてどうでもよくなった。私が隠し事をすることによって、沖田さんは恐怖で眠れなくなるらしい(どんだけゴミみたいなブツを押し付けられるかという恐怖)。


「あの、本当はサプライズにしたかったんですけど…ニット帽を製作してます」
「…は?」
「色は黒とグレーです。無難なものを選びました」
「いやだから、は?」
「さっちゃんに教わりながらどうにかこうにか形はできっ、」


ちょっと待ってくだせェと私の口を抑えた沖田さんの顔は段々赤らんできた。


「ひょっとして、アンタ…それで…」
「ふあんでふか?」
「は?なんだって?」
「なんですか?」


手を離されてもう一度なんですか?と聞けば、沖田さんがこっち見んなと私の首をグキっと回した。


「痛ァアアアアアアア」
「叫ぶんじゃねェーやィ、ちょっと変な方向に曲がっただけだろィ」
「ちょっと?ちょっとなんですが今の?」
「おっ、歪んだ面の方がいつもよりマシなんじゃねェーかィ」
「えっ!本当ですか?」
「…あほ」


はあーと肩の力を抜いた沖田さんがどかっとソファーに座り込んだ。どうしていいか分からなくて立ち尽くす私に手招きをする。


「んで、それは出来上がりそうなんですかィ」
「バイトも減らして毎日向き合ってるんですけど…沖田さんって穴の空いたニット帽被るタイプですか?」
「被るわけねェーだろィ」
「あ、やっぱり」
「アンタそんなにぶきっちょでしたっけ」
「編み物はしたことがなかったので…」


ふうんっと言った沖田さんが「明日毛玉持ってきなせェよ」と言った。


「俺もやったことはねェーがアンタよりか上手くできそうな気がしやす」
「沖田さんが作っちゃ意味ないじゃないですか」
「誰がテメェにテメェで編むんでィ。俺ァ穴の空いたもんを被らなくて済むように指導する立場に決まってんだろうが」


教えてくれるんですか?と聞いた私に猿飛よりスパルタだがねィとドヤ顔をかました沖田さんは本日も麗しい。だめだこの人かっこよすぎる。編み物まで完璧にできちゃったら、私この人に勝てることなんてなに1つない気がする。


「沖田さんって出来ないことあるんですか?」
「ねェーよ」


あっさり答えた沖田さん。これが他の人なら「なにこいつ自信過剰にもほどがあるわ、ぺっぺっ」となるんだろうけど。惚れたが負けなんてよく言ったものである。沖田さんだとなに言われても何やられてもいいやと思えてしまうんだから、愛ってすごい。


「ところでどうして夜寝れなかったんですか?」
「ほっときなせェ」
「あ、じゃあどうして怒ってたんですか?」
「忘れなせェ」
「じゃあじゃあ、俺ばっか馬鹿みたいってどういう、」
「アンタベッドとソファーと床、どこで寝やす?」
「あっ、じゃあソファー借りても…」


いいですか?と聞こうとした私を見て沖田さんが声を出して笑った。どうして笑われてるのか分からなくてとりあえず一緒に笑ってみれば「ベッド半分貸してやらァ」と言われて一気に笑顔が固まる。


「そんなにソファーをご希望なら構わねェーけど」
「いやっ、だって、半分って!半分って」
「襲うんじゃねェーぞ」
「襲わないです!!寝顔を見るだけで満足です」
「だから本当気持ち悪い」
「あ、ガチトーンで言われた」


明日も早いんでもう寝やすと立ち上がった沖田さんに続いて私も腰をあげる。
ベッドを半分借りて、少し感じる沖田さんの体温にそわそわした。寝れないと思っていたけど案外寝れちゃうらしい。気づけばもう、沖田さんは仕事に行ったらしく隣にはいなかった。携帯を見てもうお昼近いことを知る。
私の寝顔を沖田さんに見られたかも!と少し焦ったけど、沖田さんが私の寝顔なんかに興味を持つわけがないとすぐに落ち着いた。

欠伸をしながら寝室から出る。のそのそとリビングへ出て驚いた。テーブルの上に置かれた鍵とメモ。
「毛玉、取って来い」とだけ書かれたメモに目が丸くなる。私なんかに鍵を預けていいのだろうか。そんな信用してくれちゃってるんだろうか。鍵をまじまじと眺め、踊りだしたくなる衝動を押さえ込んだ。嬉しすぎるでしょう、こんなの。だめだー嬉し泣きしそうっと一人つぶやき鍵を手にする。
にやにやしながら鍵をよーく見てみれば、油性ペンで「ブス」と書かれていた。


「え…」


その鍵を握りしめて交番まで走ったのは言うまでもない。


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