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さっちゃんに教わりながらニット帽を編むことにした私は、バイト以外を毛糸と向き合うことになった。遊ぶ余裕がなくて、渡すならきちんとした物を渡したくて…バイトのシフトも削って部屋に閉じこもる生活を始めた。
そんな生活が二週間を過ぎた日の夜更け過ぎ、突然着信を知らせた携帯。こんな時間に誰、と手を伸ばせば沖田さんからの電話だった。電話なんてしたことない。あ、嘘だ、そういえば一度だけある。でもそれ以外はずっとメールだったのになんで?どうして?とちょっと怖くなった。


「寝てたんで?」
「はいっ!あ、いやっ!」
「はあ?どっちでさァ」


一昨日もバイト終わりに会ったのに、電話で聞く沖田さんの声に胸が高鳴る。電話だといつも聞いてる声と少し違う気がして、なんだか新鮮だった。


「最近…バイトあんま入ってねェーんだな」
「あ、っと…少し忙しいっていうか、予定がありまして」


沖田さんへのプレゼントはサプライズにしたい。電話越しなんだから、テーブルの上に広げた編み途中の帽子や毛糸玉が見られるはずないのに慌てて片付けた。


「ふーん。明日の弁当、魚入れなせェーよ。骨上手く取れるようになったか見てやらァ」


明日、と言われて「あっ」と声を上げた。忘れていた。お弁当の日をうっかり忘れていた。頭の中が既にクリスマス一色で、お弁当にまで気が回らなかったのだ。困った、お弁当用の買い物もしていない。明日朝一、スーパーの開店と同時に買い物に行けば間に合うだろうか。一生懸命魚を入れたお弁当を考えていた私の耳に小さく「…そうかィ」と聞こえて「え?」と聞き直す。


「んにゃ、なんでもねェーよィ。忙しいんだろィ。要らねェ」
「え?」


少し冷たく聞こえた声に戸惑い聞き直す。沖田さん、怒ってる…?


「だから弁当は要らねェって言ってんでさァ」


じゃあなと言われて慌てて「待ってください」と電話を切るの阻止しようとした。したけど…


「なんですかィ」


めんどくさそうな声色に何も言葉が出てこない。私が好きで、沖田さんにお弁当の日を作ってもらったのに。自分のことしか考えてなくて、沖田さんのことを考えていなかった。いや、沖田さんのクリスマスプレゼントを考えているんだから沖田さんのことは考えていたけど。
ああだめだ、言ってしまいたい。
沖田さんは今何を思ってるんだろう。いつもならもっとちゃんといろいろ、はっきり言ってくれるのに。


「沖田さん」


絞り出すように震えた声で名前を呼んだ私に、沖田さんが「あー…」となんだか諦めたような声を出した。


「アンタ、家にいるんだろィ」
「え、あ、」
「明日バイトなかったよなァ」
「はい、明日も明後日も休みで…」
「じゃあまだ寝なくても、」
「大丈夫です!!大丈夫です!!」


食い気味で言った私に「うっせェーよ」と笑った沖田さんがちょっと出て来なせェと言った。意味がわからなくて「え?」と聞き返せば「迎え行く」と切られてしまった。もう音もしない携帯を耳から離せず固まってしまう。
少し経ってから慌てて鏡を覗き込んだ。もちろんこんな時間だからすっぴんだし、前髪も編み物をするのに邪魔で上げちゃっている。どうしよう、早くどうにかしないと。でもこんな時間に化粧して会うのも気合い入りすぎ?ああ、どうしようどうしよう。


「どうしよう…」


前髪を留めていたピンを取ってブラシを手にする。好きな人に会えるのは嬉しいけど、深夜突然の訪問は結構戸惑うらしいことを学んだ。

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