17




髪の毛を梳かしながらさっちゃんが「クリスマスどうするの?」と言った。ああクリスマスね、クリスマスとさっちゃんの部屋に置かれたカレンダーを見てみる。


「あと1ヶ月?!」
「正式には1ヶ月と2日あるわね」


淡々と言うさっちゃん。私はというと驚きすぎて口が塞がらなかった。クリスマスクリスマスクリスマス…去年はバイトしかしてないけど、今年はどうしようか。頭に浮かぶのはやっぱり沖田さんだった。


「沖田と会うの?」
「会えたらいいなあ」
「誘ってみたらいいじゃない」
「誘えないよ!!そんな関係じゃないし」


はあ?と振り返ったさっちゃんが、「バイト先に迎えきてもらって毎月弁当差し入れしといて何言ってんのよ」と顔を歪める。


「ケッ。いいわよねー、余裕ある人は自分から誘わなくてもあっちから誘われるのかしらー?あーあー。なまえが羨ましい」
「そういうわけじゃないけど…多分沖田さんからは誘ってもらえないと思うし。かと言って私から誘って断られたらと思うと」
「私なんて数え切れないほど断られてるけど」
「…私、さっちゃんのことすごいなって純粋に思ってるんだよ」
「嫌味?」
「違う」


さらさらの髪を束ねたさっちゃんが、ポンっと一冊の本を私に渡した。その本は『彼のハートは編み物で絡め取る』と題されている。


「銀さんに今年はマフラーを編もうと思ってるの」
「今から…?」
「何年やってると思ってるの、プロよプロ。1ヶ月もあれば出来上がるわ」


燃え上がるような赤色の毛糸と私の思いを表すかのようなピンク色の毛糸と私の髪の毛を少し入れようかと思うんだけど。と笑顔で言ったさっちゃんに、髪の毛だけはやめた方がいいとアドバイスをした。


「赤とピンクって、すごい派手そうだね」
「すぐにどこにいるか見つけられるようにね。でも私、銀さんだけはどこにいても見つけられるのよね」


なまえも沖田に何か編んだら?と言われて少し考えてみた。沖田さん、手編みの物とか受け取ってくれるだろうか。私より器用そうだし、なんだこのゴミとか言われたら立ち直れるかなあ。


「その前にクリスマス会えるか聞けばいいじゃない。なんだかんだ上手くいってるみたいだし、押しまくれば会えそうな気がするけど?」
「忙しいんじゃない?」
「だから聞いてみたらって」
「いやいやいや忙しいだろうし、無理に時間取ってもらうのも申し訳ないし。っていうか私が誘えないの!恥ずかしいの!」
「へえ、大変ね。じゃあ私が誘ってみればいいのね?」
「えっ」
「はい、送信っと」
「またこの流れなの…!?」


はい、と返された私の携帯。もちろん画面に浮かんでいる文字は送信完了の四文字。もう、もう、さっちゃん!!まだ心の準備もなにもできてないのに…!あーあーと騒ぐ私に「煩いわね」と言うさっちゃん。煩くさせたのはさっちゃんである。
メッセージ受信の音がすれば、私よりも先にさっちゃんが食いついた。私の携帯を当たり前のように使いこなし、「あー…まあ、うん、警察ってほら忙しいじゃない?」と苦笑いをした。


「ほら。だから言ったのにー」
「大丈夫よ、気持ち悪がられてはないわ」
「分からないじゃん!彼女面すんなブスって思ってるかも」
「ブスとは言ってるけど彼女面すんなとは言ってないわよ」


ほらね!と見せられた画面に『こっちとら暇なブスと違って忙しいんでねィ無理』と映し出されていた。


「…さっちゃん」
「えっ!そんな傷ついたの?やだ、私余計なことした?」


俯き黙ってしまった私を心配そうに覗き込み、なまえ?ちょっとなまえ!と声をかけるさっちゃん。
違うよ、傷ついたんじゃないよ。嬉しいんだよ。嬉しくて嬉しくて、踊り出しそうだよ。
フルフルと握りしめた拳を震わせた私を不安そうに見つめるさっちゃんを抱きしめた。


「なっ、なに?!なんなの?!」
「さっちゃん!!忙しいから無理ってことは暇だったら会ってくれたってことだよね!!」
「はあ?えっ、ちょっと…」
「つまり沖田さんは私をブスだと思ってるけど嫌いではないということだよ!!」
「…私が言うのもなんだけど、ポジティブにもほどがあると思うの」
「なに言ってるのさっちゃん!!そうとなればほら!!!毛糸買いに行こうよ!!」


なにこの子…と呟いたさっちゃんの腕を取り、立ち上がる。今年もクリスマスはバイトを入れよう。


「どうやって渡すの?」


財布を持ったさっちゃんに「沖田さんの家のポストにこっそり入れる」と言えば「立派なストーカーじゃない」と笑われてしまった。
沖田さんのことを考えるだけで、明るく楽しい気持ちになる。


「さっちゃん!さっちゃんが銀さんだっけ?ほら、ずっと追いかけてる人。その人のこと思うだけで生きててよかったって思うって言ってたでしょ?」
「急になによ」
「私もね、沖田さんのこと思うだけで今日も頑張ろうって思えるし、なんかいろんなことを前向きに思えるようになったの」
「沖田にそんな力があったなんて思わなかったわ、良かったわね。私は幼馴染のテンションが理解できなくて怖くなってるわ」
「違うよ。沖田さんのおかげもあるけど、さっちゃんを見てるからだよ。ねえ、言ってることわかる?」


さっちゃんは全然分からないと言いながら、「なまえの笑った顔は可愛いと思うわ」と言った。


「え。なんで急に褒め出したの?」
「分からないなら別にいいわよ。もう二度と言うこともないだろうし?」
「えっ。なんでよ、たまには言ってよ」
「言わないわよ。なんで女ときゃっきゃっしなきゃいけないのよ。一番嫌いだわ」
「じゃあ誰ときゃっきゃっするの」
「銀さんに決まってるじゃない。私の全ては銀さんだわ」


ところで何編むの?と言われて自分の家庭科の成績を思い出した。


「雑巾すら縫えない私でもできるものってある?」
「…もういいんじゃない雑巾で」
「クリスマスプレゼントが雑巾って聞いたことある?」
「実用的でいいと思う」
「幼馴染のこともっと真剣に考えてよ」
「嫌よ。私より幸せそうな人はみんな敵よ」


リア充爆発しろと中指を立てた私とさっちゃんは、毛糸を求めに手芸屋へと向かった。

prev next

[しおり/戻る]