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沖田さんが迎えに来てくれるようになってから、私のバイトにおけるモチベーションが変わった。軽くしかしなかった化粧もきちんとするようになったし、バイトの行き帰りだけだからと全く気にもしなかった服装にも気をかけるようになった。沖田さんの影響は計り知れなくて、今まで滅多に着なかったワンピースやスカートまでを履くようになっていた。
沖田さんには可愛いと思われたい、他の誰になんと思われてもいいけど沖田さんには可愛いと思われていたい。今日も例のごとく、ばっちし決め込んでいた。

バイトを上がり携帯を開けば沖田さんから「着いた」と連絡が来ている。緩む顔を必死に抑えながらちゃちゃっと支度を終えた。今までだったら帰るだけだからと気にもしなかった髪の毛のハネを気にして、裏口から出れば沖田さんが珍しく私服姿で待っていてくれて目が丸くなる。


「今日はお仕事じゃ、」
「休み」


歩き出した沖田さんの後をほんの少し距離を置いて追う。やばい、これはやばい。休みの日にまで会えるとは思ってなかった。普通に考えれば警察にだって休みはあるんだろうし、休みの日は私服を着てるんだろうし何も不思議じゃないけど。休みなのにわざわざ…そんなことある?
私服姿で並んで歩くなんて申し訳ない。私今髪の毛ちょっとハネてるし、うねってるし…。ああ、こんなことならヘアーアイロンも持ち歩いとけばよかったとハネている髪の毛を抑えながら歩けば突然沖田さんが振り返った。


「後ろ歩くんじゃねェーや」
「っと、わっ!」


腕を掴み隣に引き寄せられて、転びそうになってしまった。無理してちょっとヒールのある靴なんか履いたからかも知れない。沖田さんに支えられて転ばずに済んだものの、寄りかかるように体重をかけてしまったことに申し訳なくてすみませんと慌てて離れる。


「アンタ…」


呆れたようにこちらを見る沖田さん。あ、やっぱ体重かけてしまったこと怒ってる?重かったかなともう一度すみませんと言えば睨まれてしまった。どうしよう、明日からダイエットした方がいいかな。


「その靴、走れるんですかィ」
「え…?」
「アンタ俺が…」


はあーとため息を吐かれてしまった。なんだろう?この靴、変だったのかな?あ、もしかして私みたいなブスが色気付いてんじゃねえよってこと?沖田さんの言いたいことが分からなくて、すみませんしか返せない。


「明日からは違う靴にしなせェ。走れるやつな。あと服もそんな短ェーの着るんじゃねェーよ。何もわかってねェー、本当」
「あっえっと…すみま、」


すみませんと言いかけた私の口を無理矢理押さえ込んだ沖田さんが大きくて丸い目を吊り上げ、不機嫌感を露わにした。ぞくっとする。Mっ気があるとかそういう意味のぞくっと感じゃなくて、これは怒らせたと分かってのぞくっと感だ。


「アンタそれ癖なんですかィ?何が悪かったのか、何で俺がそんなこと言ったのか理解できてねェーならすみませんなんて言うんじゃねェーや」


へこへこ、すぐ頭下げやがって。
手が離れて、口が自由を取り戻す。そこでまたもやすみませんと言いそうになってしまった。沖田さんが怒ってる理由が分からないのにすみませんと言ってしまうのは、嫌われたくないからなのに。そのすみませんが嫌われる原因だとは思わなかった。
何を話していいか分からなくて俯いた私に、沖田さんがッチと舌打ちをする。


「つかなんで急にそんな格好し出すんでィ。アンタもっと、動きやすそうな格好してたろィ」
「いやこれはっ」
「似合ってねェーよィ、それ、似合ってねェー」


涙は女の武器じゃないと、沖田さんは以前言っていた。だから私は泣かないように、なるべく沖田さんに怒られないようにしてるつもりなのに。怒鳴られるよりも淡々と似合ってないと言われた方が胸が痛くなった。泣きそうになったのを必死に堪える。私の泣き顔はとんでもなくブサイクだとさっちゃんが言っていたから、沖田さんの前で泣くわけにはいかない。グッと下唇を噛み締めた私を、沖田さんがニヤリと笑った。


「泣かないんで?」
「泣きません」
「今にも泣きそうな面してらァ」
「でも泣かないです。だって沖田さん、すぐ泣く女嫌いじゃないですか」
「泣く女よりすぐ謝る女の方が嫌いでィ」
「じゃあもう謝りません」
「てめーが悪いと思わない限りは簡単に頭なんか下げんな」


鼻をぎゅっとつままれて、はうっと変てこな声を出してしまった。沖田さんが「まじブス」と真顔で言う。


「ブスはブスらしくしてろィ。無駄に心配かけんな」


ほら行くぞと歩き出した沖田さん。ブスって言われたけど、心が温かくなる。心配って言われて、両手で頬を抑えた。


「沖田さん、ずっと聞きたかったんですけど」
「んあー?」
「私のこと心配で送ってくれてたりします?」


前を向いたまま、沖田さんは「自惚れんなブス。仕事柄、防犯も兼ねてに決まってんだろィ」と言った。
それでもなんだか特別扱いされてる気がして、我慢できずににやにやとしてしまった。

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