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「「あっ」」


バイト帰り、近道抜け道である公園を歩いていた私の前に沖田さんが現れた。制服姿からして仕事中らしい。こんな真っ暗な公園で警察がなんの仕事をしてるんだろう。そんなことを考えながら「こんばんは」と言えば「弁当」と言われて顔から火が噴き出すかと思った。
そういえば忘れてたけど、昼間私は交番に弁当を持っていってやんわり拒絶されさたんだった…!こんばんはとかよく挨拶できたよ私。
思い出して一人恥ずかしくなった。居ても立っても居られなくなり、くるりと足を返す。そして勢いよく走り逃げようとした。それを見逃しはしなかった沖田さんが思いっきり肩を掴む。


「お、沖田さん。私の肩がミチミチいってます」
「人の顔見て走り出すんじゃねえよィ、失礼だろうが」


今の私は絶対、顔が赤いだろう。照れからの赤面じゃない。恥からだ。
あのお弁当、最終的にどうなったんだろうか。お重はお母さんが使うから捨てられてないといいな。


「いや、ちょっとあっちの方で呼ばれた気がして」
「誰も呼んでねえよ、安心しなせェ」
「…こんなところでなにしてるんですか?」
「アンタこそこんな時間になにしてるんでィ」


お弁当の話題じゃなきゃいい。私の質問に質問で返されてもいい。バイト帰りですと応えた私に沖田さんが眉をピクッと動かした。


「いつもこの時間なのかィ」
「え?バイト帰りですか?まあ、はい、大体は」
「ここ通らなきゃ帰れねえんですかィ」
「大通りからでも帰れますけど…」


なんだなんだ?もしやこの公園でなにか事件でもあったんだろうか。こんな静かな公園で一体何があったんだろう。野次馬精神から「何かあったんですか?」と聞いてみた。


「んにゃ。なにもないように防犯」


ついでだから送ってやらァと歩き出した沖田さん。「うえっ?!」と潰れたような声が出てしまった。送ってやるって言った?私のこと送ってくれるって言った?


「なにしてんでさァ。早くしなせェーよ」


鈍臭ェーなァと言った沖田さんにドキドキする。そりゃそうだ、好きな人が私の身の案じて家まで送ってくれると言ってるのだ。なにこれ凄いイベント発生じゃない?好きな人の隣歩けるなんて、どうしようもうこのまま家に着かなきゃいいのにな!!
特に話題もなく、無言で歩く。何か口を開いたらお弁当のことを言われてしまいそうで、ビクビクした。そんな私を余所に沖田さんは「あっ、10円見っけ」だとか「喉が渇いたなァ」だとか…ひとり言を言っていた。その度にビクッと肩を跳ねさせていたのは言うまでもない。

家が見えてきて、「あれです、私の家」と言えば沖田さんは腕時計を確認した。


「公園から15分か。しかも裏道ばっかねェ」


なんのことだろうと首を傾げた私。沖田さんは私を頭のてっぺんからつま先まで確認するかののように見て「バイトの日連絡しなせェ」と言った。


「へ?え?」
「だからバイトの日。送ってやんから連絡しろって言ってんでさァ」
「ええ?」
「ッチ。めんどくせェーな。だからァ」


ガシッと私の耳を引っ張る沖田さん。耳にふうっと息を吹きかけられて息が止まるかと思った。ぞわぞわと鳥肌が立って、ヒッと短く声が漏れる。


「耳の穴かっ開いてよく聞きなせェ。次からバイトの日は上がる時間を連絡しろって、送ってやんから迎えに行くまで一人で帰るなって言ってるんでさァ」


ゆっくり、馬鹿にしたように言われてるのに、沖田さんの声が耳へダイレクトに入ってくる。ああもう、だめ。心臓がもたない。
耳を離して、私の顔を覗き込んだ沖田さんがニヤリと笑った。


「理解できやした?」
「りっ…理解できました」


少しでも動いたら沖田さんのおでこがぶつかってしまいそうで、息を止めてしまった。どこを見ていればいいか分からなくて目を思いっきり閉じる。もうやだ、心臓が破裂する…!


「っぶ。なんでィその顔。アンタ少しはポーカーフェイス、できないんで?」


グリグリと頭を痛いくらい撫でられて、瞼を開ける。沖田さん…笑った?ゆっくり視界が開いていけば「ばぁか」と沖田さんが笑っていた。あ、だめだ、落ちた。これは完璧に落ちた。もしも恋に落ちる時の音があるなら、ストンなんてもんじゃない。今私は射止められて落ちたのだ。ズキュンとかそんな感じだと思う。
好きだなあとは思っていたけど、いまのはもう無理だ。お弁当を拒絶されたことなんて忘れてしまう。お重を捨てられていても気にならない。いいです、私新しいの買います。


「ほら、さっさと家ん中入りなせェ」


私の背中を押した沖田さんにありがとうございましたと声を絞り出すので精一杯だった。この人はどこまで私を骨抜きにしていくんだろう、かっこいいにもほどがある。


「じゃーなァ。次迎えいく時あの重箱返しやす、次はもっと小せェー弁当箱にしなせェーよ」


沖田さんの声が、がしゃんと玄関先の門を閉めた音と重なった。しかしきちんと聞こえてしまった。耳まで熱く感じて抑え込む。パッと顔をあげればもう沖田さんは背中を向けていた。帰路につく背を見ながら"一人で食うにゃ多すぎる"その言葉の意味を噛み締めた。もしかして、あの量を一人で食べたんだろうか。
この人を諦めること、私にはできないと思う。

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